アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトは死んだ
「アリーシャの様子はどうだった?」
「特に問題はありませんでした。逃げ出す心配も、怪しげな様子も見せませんでした」
「そうか」
「ただ、幾人かの兵が、話しかけていました。『アリサ・リリーベル・シュタルクヘルトだろう』って」
「なに!?」
「ですが、ペルフェクト語がわからなかったのか、ずっと首を傾げていました。シュタルクヘルト語でも何か言われていたようですが、内容までは私は分からなかったので」
「そうか……」

 オルキデアが眉を顰めると、怒られると思ったのか新兵が「で、ですが!」と慌てたのだった。

「苦笑しながら、首を振っていました。あとは終始ずっと黙っていました」

 おそらく、シュタルクヘルト語でも、同じ事を聞かれたのだろう。
 否定をしてくれたのは、まだ記憶が戻っていないからか、それとも、機転を利かせてくれたのか。

(やはり、急がねばならんな)

 移送が先か、アリーシャの正体がバレるのが先か、アリーシャの記憶が戻るのが先か。
 時間の問題になってきた。
 オルキデアは礼を言って、アリーシャが声を掛けられた話を黙っているように指示すると、新兵を持ち場に戻らせたのだった。

 執務室に戻ると、クシャースラとクシャースラの向かいのソファーに座ったアリーシャが、話しているようだった。
 ーー何故か、また胸が痛んだ。

「オルキデア、ようやく戻ってきたか」
「ああ。待たせたな」

 何でもないように答えると、二人の元に戻る。
 アリーシャが立ち上がって場所を譲ろうとすると、オルキデアはそれを止める。

「隣に座れ」
「でも……」
「いいから」

 オルキデアに言われて、おずおずとアリーシャが隣に座る。
 すると突然、クシャースラが「そういえば」と、何かを思い出したようだった。

「お前さんの屋敷の手入れをしていたセシリアが、珍しい客に会ったと言っていたぞ」
「珍しい客?」

 オルキデアは仕事などで長期間、屋敷を留守にする際には、いつもセシリアとクシャースラの義父に当たるセシリアの父親に管理をお願いしていた。
 無駄に広い庭の手入れと、屋敷周辺の見回りが主だったが、滅多に屋敷に帰らないオルキデアにとって、それだけでもかなり助かっていた。

「ああ。庭の手入れをしていたら、屋敷を尋ねて来たと言っていたな。確か、そこそこ年齢のいった女性で、名前は……」
「ティシュトリア・ラナンキュラスか?」

「そうだ」と、クシャースラが頷くと、はあとオルキデアは溜め息を吐いた。
(何故、今になって現れるんだ……)

「ラナンキュラス様……」
 心配するように見つめてくるアリーシャに、「大丈夫」だと安心させるように頷く。

 アリーシャの件だけではなく、ティシュトリア・ラナンキュラスの件もある。
 問題は山積みであった。

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