祈る男と渇いた女
 これからは、苦しんでいる人たちに命を捧げよう。 
 
 こうして渇いた女は、さらに激しく自分を追い詰め、痛めつけ、命を削りながら仕事に没頭していったのです。

  祈り

 渇いた女が町を去って、祈る男は仕事に集中できない日が続きました。
 お店では笑顔を欠かさず仕事をしていましたが、心は悲しみと罪悪感でいっぱいでした。
 仕事休みの日曜日、祈る男は渇いた女がいた教会に行ってみました。パン屋の夫婦も行方を捜していたからです。
 教会の建物に入ると、日曜日の礼拝は既に終わっていて、礼拝堂に人一人いません。
 男は祭壇に奉られた聖母マリアの前で跪き祈りました。
 
 マリア様、どうか、彼女をお守り下さい。

 その時、背後に人の気配を感じました。
 祈る男が振り向くと神父様でした。
 神父様は祈る男の透き通るような瞳を見つめ、
「純粋な心をお持ちのようですね」
 と思いがけないことを言ったのです。
「わたしの心が」
 荒れた過去を恥じていた男には、信じられない言葉でした。
「あなたの澄んだ瞳でわかります」
 神父様はにっこり微笑みました。
「わたしは汚れきった人間です。若い頃、人に言えないほどの罪を犯し、母を苦しめました」
「でも、今のあなたの目は、とても澄みきって穏やかです」
「わたしは自分が嫌でなりません」
 祈る男は今の気持ちを正直に伝えました。
「自分を赦しなさい。自分を抱きしめてあげなさい。自分を愛することができれば、人を愛することが出来るようになります」
 神父様はまるで祈る男の心の中を、全て読んでいるかのように語りはじめました。
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