祈る男と渇いた女
「もしそうなら、わたしはどうすればよいのでしょうか? 実は彼女はこの教会の施設でボランティアをしていました。わたしは彼女の行方を知りたいのです。そして彼女に自分の気持ちを伝えたい」 
 神父様は少し沈黙し、祈る男の涙で潤んだ瞳を見つめました。
「彼女が自分を愛することが出来るようになるまで、今はそっとしてあげてはいかがですか。それこそが愛だと思うのですが」 
 祈る男はがっかり肩を落としました。
「神父様、私には彼女を待つことしか出来ないのでしょうか?」 
 神父様は優しい眼差しで、
「彼女を愛しているのなら彼女のために祈るのです。彼女が自分を愛せるまで。祈りは必ず彼女に届きます」
 そういい残して静かに立ち去りました。 
 祈る男はすぐさま振り返り、祭壇の聖母マリア様の像に祈りました。
「マリア様、どうか彼女をお守りください。彼女が幸せでありますように」
 その日から、祈る男は、来る日も、彼女の幸せと幸福を祈りました。
 ただし祈るときは、自分の思いを決して口にしませんでした。
 神父様の言葉から、それが自分のエゴだと気づいたからでした。
 彼女を本当に愛しているのなら、ただひたすら彼女の幸せを祈ることが真実の愛だと気づいたのでした。

  愛に満たされて

 渇いた女が新しい町に来て二年が経ちました。
 命を削りながら介護の仕事を続けていた彼女に、とうとう限界がおとずれたのです。
 ある日、女の体に異変が起きました。
 
 左手が痺れるわ……目の前が白い……。

「だいじょうぶ?」
 シスター達が駆け寄りました。
「え、ええ……」
「顔色が悪いわ。少し休みなさい」
「あ、ありが……」
 渇いた女は言葉が出なくなり、左から崩れるように倒れました。
「急いで救急車を」
 渇いた女を脳内出血が襲ったのです。

 渇いた女は夢を見ていました。
 苦しかった子供の頃の憎しみと悲しみに満ちた思い出。
 その次にでてきたのは優しかったパン屋の夫婦でした。
 
 お父様、お母様、愛をたくさん注いでくださってありがとうございます。
 こんな穢れたわたしでも愛される価値があることを教えてくれて。
  
 渇いた女は涙を流しました。
 
 次に出てきたのは、死出の旅を見送った沢山の人たちの安らかな寝顔でした。

 みんな大変でしたね。安心して眠って下さい。
 
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