短編集(仮)
 *

「はいっ、これ、ブドウジュースね。私、もう行くね。早く買って、早く帰ってくるね!」

 いつもだったら、絶対「いや夫婦の会話かよ」なんて突っ込んでいただろうけど。

「…うん」

 あたしはそう、素直に返事をする。

「…?」

 恋愛にはニブちんな天音だけど、あたしの命を失ったような目にはさすがに疑問を持ったようで。

「どした……?」

 なんて聞いてくる。

「うん…」

 あたしは、なんて言われたかなんて聞こえていない。ただ、上の空で返事をしているだけ。

「……まぁ、葵にぃがいるから大丈夫か…。でも、何かあったら連絡してね」

「うん…」

 何も聞こえてない。
 頭の中は、葵くんのことでいっぱいだ。

「じゃあ、行ってくるね。ブドウジュース、足りなかったらママに言ってね」

「うん…」

 タタタタ、と軽快なリズムで階段を降りていく音。それすらも聞こえないあたし。

「行ってきます、ママ、葵にぃ!」

「…うん」

 自分に言われたわけでもないのに、聞いてもいないのに返事をしながら、ぼーっと考える。




 ——この部屋の隣に、葵くんの部屋があって。




 そこに今、葵くんがいる。
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