恋獄の鎖
 見るのは三度目となる彼の顔には、過去二回の時のような優しげな笑みは浮かんでなどいなかった。

 両親と共にラドグリス家の客間へ通された表情は冷気すら感じるほどに硬い。

 他に人目があるから、これでも多少抑えてはいるのだろう。

 でも抑えるつもりは本当にあるのか、取り繕う気配がまるでないその面から読み取れるのは、わたくしに対する強い怒りと侮蔑の色だった。

「ミハエル様、そんな怖いお顔をなさらないで」

 「ねえ?」と同意を求めるかのように、わたくしの視線はミハエル本人をすり抜けて彼の左右に座るアインザック伯爵夫妻へと交互に向けられた。


 アインザック伯爵は、これまで何度も大きな取引を結んで来た豪胆な商人だと聞いている。

 だけどさすがに、王都でも指折りの大貴族ラドグリス家の雰囲気に圧倒されてしまったようね。一族の進退をかけた大きな取引を前にしたような緊張感を滲ませていた。

 もっとも、伯爵がそう判断しているのなら間違いでもないわ。返事次第でアインザック家は取り潰されてしまうのだもの。


 父親から「余計なことは言ってくれるな」との、無言の圧力を感じていないわけではないだろう。にも拘わらずミハエルは臆する様子も見せず、家格が上であるわたくしのお父様を前にしても作り物と分かる笑顔を浮かべた。


 わたくしがそうであったように、おそらく皆が「優しくて誠実そうな青年」という印象をミハエル・アインザックに抱いているに違いない。

 でもそんな彼のイメージを払拭するには十分すぎる、二面性を感じさせる表情だった。

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