恋獄の鎖
 おそらくミハエルは、他人の悪意に晒されたことなどなさそうな雰囲気を纏う彼女には優しげな顔だけで接していたに違いない。

 そしてもし、わたくしの行動がミハエルに仮面を被せるに至ったのであれば、硬質なそれさえもわたくしにはとても甘美な砂糖細工に見えた。

「――失礼」

 場の注目を集め、ようやくミハエルが口を開く。


 メイディア伯爵家での夜会で聞いた声とはまるで違う、優しさのかけらもない声。

 ねえ、どちらが仮面で偽ったあなたの姿なのかしら。それを暴く日が今からとても楽しみよ。

「ささやかで平凡ながらも確かな幸せを得る生涯を送るだろうと思っていたのが、あなたのような地位もある美しい女性を伴侶に迎えられるという、身に余りある所業を前に緊張しているのです」

「お上手ですこと」

 "ささやかで平凡ながらも確かな幸せ"とは間違いなく、リザレット・カルネリスとの間に築くはずだった家庭のことを指しているのだろう。

 でもそれは得られなかった。わたくしがこうして横やりを入れたから。お気の毒なことね。

 ミハエルが言葉の裏に隠した鋭い刃をたやすく躱し、わたくしははにかむような笑顔を見せた。


 それでミハエルが表情を和らげるはずもない。

 逆により一層忌々しげに目を細めた。

「名門ラドグリス侯爵家ともあろう大貴族が、ずいぶんと大人げない手段を取られたようですね」

「まあ。何のお話かわたくしには分かりかねますわ。よろしければミハエル様のお考えをお聞かせになって」

「ミハエル」

「よろしいのよ、アインザック伯爵。もしもミハエル様がお父様――いえ、このラドグリス家に対して大きな誤解や思い違いをなさっていてはいけませんもの」

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