恋獄の鎖
「あ……。こ、これは……。違うのです、躓いたところを助けて下さっただけで、ミハエル様は何も悪くないのです」

「わたくしの婚約者を、許可もなく名前で呼ばないで下さる?」

「も、申し訳ありません」

 人目を盗んで略奪行為を働いておきながら自分は悪くないと正当化しようとするなんて、盗人猛々しいとはこのことを言うのね。

 わたくしは怒りのままミハエルを見やった。


 堂々と、まるで本当にただ転びそうになった令嬢を助けただけだとでも言うような顔をしている。

 炎が、わたくしの中で燃えさかった。

 でも薪の代わりにくべられているものの正体がわたくしには分からない。

 ただ激しく燃えていた。

「リザレット嬢。あなたは先に立ち去られた方が良い」

「は、はい。わたくしの迂闊な行動のせいで、本当に申し訳ありませんでした」

 再び一礼して場を後にするリザレットの手から、何かが落ちる。

 未だ消える気配のない炎に新しくくべる為なのか、わたくしは反射的にそれを拾った。


 何てことのない、一枚のハンカチ。

 野ばらをくわえた鳥が端に小さく刺繍されている。

 本当に、何の変哲もないものだ。


 けれどわたくしはそれを強く握りしめた。




 もちろん結婚式にもリザレットを招待することは忘れなかった。

 ミハエルは反対したけれど彼の意思などわたくしの知ったことではない。

 でも泣きそうな顔をしながらも出席したリザレットを見て、わたくし少しだけ見直したのよ。ただ守られるだけの弱い令嬢だと思っていたのに意外と強いのね。


 だったら――もっと早くから、叩き潰して差し上げたら良かった。


 ああ、でもやっぱりだめね。

 そうするだけの理由がわたくしにはないし、何よりもきっと、加減が分からなくて殺してしまうかもしれないもの。

< 24 / 41 >

この作品をシェア

pagetop