悪役令嬢は執事見習いに宣戦布告される
 委員会の臨時会議が終わり、正門へ向かったイザベルはふと足を止めた。
 いつもなら校門のそばにリシャールが控えて待っているはずだが、そこに立っていたのはジークフリートだった。
 イザベルは足早に近づき、婚約者を見上げる。

「どうしましたか。ジークフリート様」
「僕の婚約者は多忙なようだから、我が家の車で送ることにした。これならば、時間を取らせないから問題はあるまい」
「……で、ですが。リシャールは?」

 きょろきょろと周りを見渡してみるが、彼の姿は見えない。よく見れば、エルライン家の車もない。代わりにあるのは、オリヴィル公爵家のツヤツヤに磨かれた黒いリムジン。
 ジークフリートは右手を腰に当て、淡々と説明する。

「ああ。彼なら最初渋っていたが、折れてくれたよ。お嬢様のことをお任せします、と言付かっている」

 車に乗れば、もはや退路は断たれたようなもの。
 ジークフリートが、わざわざ公爵家の送迎車で送る理由なんて、ひとつしか思いつかない。

(つまり、車の中でしかできない話ってわけね)

 週末のデートは、ことごとく用事を入れて回避している。学園の体面上、婚約者としてサロンには出席しているが、会話は当たり障りのないものだ。
 サロンではだれが聞き耳を立てているか、わかったものじゃない。
 毎回の誘いを断る理由も、そろそろネタが尽きてきた。いくら温厚な彼といえど、しびれを切らしている頃だろう。

(これはもう……腹をくくるしかない)

 イザベルは決戦の場に挑むような心持ちで、黒いリムジンに乗り込んだ。その後ろをジークフリートが続き、ドアが閉まる。
 もはや、発進した車から逃げる道は、どこにも残されていない。

(さながら、動く牢屋に閉じ込められた気分ね……)

 真向かいに座る婚約者は、取り調べを行う刑事のように、両手を重ね合わせた。

「イザベル」
「はい」
「君はクラウドと仲がいいんだな」
「え……ええ。彼はよく気がついてくれるし、話しやすいし、自慢の友人なんです」

 思ったことをそのまま伝えると、ジークフリートは眉根をきつく寄せた。

(なにか、気にさわることを言ったかしら……)

 機嫌が悪くなったのを察し、知らぬ間に非礼を働いていないか、自分の行動や言動を振り返る。
 けれど、婚約者の態度が変わるような原因は、何も思いつかない。
 困っていると、ジークフリートは硬い表情のまま、言葉を続ける。

「そして、レオン王子とも仲がいい」
「えっと……?」
「答えてほしい。僕は君に愛想をつかされたのだろうか?」

 悲しげに眉尻を下げるジークフリートを見て、イザベルは即座に否定した。

「わたくしがジークを嫌いになるはずがありません!」
「……本当か?」
「もちろんです」
「だったら、婚約破棄を申し出ることもないか?」
「……えっ……?」
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