惡ガキノ蕾
 ~H31.1.31 みゆの発見 
      そして夜 双葉とはなみ~
 残念だけど優の予想は外れて、一月最後の一日になっても放火の犯人が捕まったという報せ《しらせ》があたし達の耳に届く事は無かった。
 ──一月三十一日、木曜日の黄昏時《たそがれどき》。お天気キャスタ―は夜には雪になると予言していて、朝からずっと、ぱっとしない薄曇り。
 双葉の仕事場で二時間程背中を傷つけ、血を流す痛みに耐えてみゆがカウンタ―に座る。片付けでもしてんのか、双葉はまだカ―テンの向こうから出て来ない。
「はなみ~。この前と同じのちょうだいよ~」
「はいよ」 みゆの前にミントを浮かべたグラスを置いて、お絞り《おしぼり》も添えた。軽く指先でそのお絞りを撫でると、今日もグラスを一息で半分程空ける。「双葉にもさっき話したんだけど…」と前置きしてみゆが話し出したのは、上手く拭き取れない角《かど》の汚れみたいに頭の隅っこに残っていたあの件についてだった。
「あれからね~、優に送って貰った動画見たんだけどさ~」
 みゆの店"魔法の絨毯"でも、あの火事の事はお客さんと店の女の子の間で共通の話題になっていたから、四件目の火事から二ヶ月が経つこの頃はそうでも無くなったとは言え、少し前までは取り敢えずと言った感じで、どの席でもビ―ルより先にテ―ブルに並べられていたと言う話しだった。
「それでね~、あんまりはっきりしないんだけど~」言葉とは反対に得意顔のみゆが、あたしに向けてスマホを置く。
 カウンタ―の上に置かれたキラッキランのカバ―の付いたスマホから、足音と息遣いが流れて来る。グラスを磨く手を止めて、液晶を覗き込んだ。瞬間、「ガシャンッ!」という音に、思わずグラスを落としそうになった。危なっ。優の携帯で見たのと同じやつ。動画は窓ガラスに空けられた穴の中に、火の点いた雑誌が投げ入れられる処。其処《そこ》でみゆの指が液晶をタップして画面が止まる。
「ほら、ここ~」
「はぁ?」
 この動画は優にも見せて貰ったし、何なら他の三つと合わせて全部通しで三回は見ていたあたしは、知ってる感全開、そして今更それがどうした感満載の「はぁ?」からの、「だから何?」と続けた。
「これって~」
 目を細めて、みゆのラスタカラ―に染められたネイルの指す先を睨む。……あれれっ?よ~く見るとみゆの爪の先、雑誌を握った右手の薬指に銀色の指輪が見えた。
「…あ」
「でしょ~」と勝ち誇ったみゆの声。
 でね~、と言いながら、今度は二本の指で画面をスワイプ。液晶の中で薬指に填め《はめ》られた指輪が拡大される。
「指輪でしょ」とあたし。
 後ろでドアの閉まる音がして、双葉が階段を上がって行った。
「指輪は指輪なんだけどさ~、これって髑髏《どくろ》に見えない~?」
 言われて、スマホを手に取ってみる。目を凝らして見たものの、どうだろう?髑髏と言えば髑髏に見えなくも無いし、違うと言われれば違う。だって、画像は荒いわ小さいわ、おまけに暗いときて、もうはっきりしない。何方《どちら》とも言い切れずに、スマホをカウンタ―の元の位置に戻す。
「う―ん。でも、これが髑髏だとしたら何かあんの?」
 そこからのみゆの話はこんな感じ。――こないだの話に出て来た、みゆの店に来る一樹とタメの塚本達のグル―プの中に、右手の薬指に髑髏の指輪をしている奴が居て、あたしは知らなかったんだけど、そいつの填めてる髑髏の指輪"ラ・エスケレト"は、シルバ―アクセサリ―のブランドの中では、今若い子に一等人気があるんだって。しかも指輪ひとつが安い物で七・八万、ネックレス、ブレスレット、ピアス、バックル高い物なら百万を超える物もざらにあって、誰でもお手軽に…って感じの物じゃないらしい。なのに、十八歳そこゝの塚本のグル―プの連中は、まるでそれが仲間の印みたいに、一人ゝが何かしらその"ラ・エスケレト"のアイテムを身に付けているらしいんだ。若いのに金持ってるよね。で、みゆはこの辺りの下町じゃそんな洒落た物身に付けてる奴なんて滅多に居やしないから、この動画に映っているのが、もしかしたらそいつなんじゃないかって疑ってるって訳。
 ──カラ・コロ・カラン
「わおっ、ハッセナバシみゆ先輩」
「はぁ~い優。ハッセナバシ~」
 真っ白のピ―コ―トの優が、手袋を外しながらみゆの隣に腰を下ろす。それから「何見てんの?」と、カウンタ―の上に置かれたままのみゆの携帯を覗き込むと、パッと一瞬見ただけで今度は帽子を脱ぎながら、自分の携帯を弄り《いじり》出す。あたしのエプロンのポケットとカウンタ―の上、二台のスマホが同時に震えた。
「その放火事件の新しい情報。二日前にネットの掲示板で見付けたんだ。二人の携帯に今送ったのがそうだから、見てみれば」
「え―、あたしまだやる事あるから、口で説明してくんない?」言葉にしたのはそこまでで、面倒臭いしの部分は口から出さずに飲み込んでおく。
「いいけど、何か温かいのちょ―だい。…双葉は?」
「二階。シャワ―じゃない」
「あ―ね」
 カップの中、気持ち多目の粉末にゆっくりとお湯を注ぐ。湯気の中にいい薫りを立てているココアの上にフレッシュクリ―ムを浮かべて、受け皿に載せスプ―ンを添えたら出来上がり。
 小さ目の角砂糖をひとつだけ落とした優が、右手にスプ―ン、左手に携帯を持った格好で話し始めた。
「掲示板に上がった書き込みだとね、警察のサイバー班もあの動画の事は当然調べたみたいで、都内にある大学の中のパソコンからupされた事までは直ぐに判ったみたいなの。でも実際に動画がupされたその日、その大学は学園祭の真っ最中で、一般の人達だけでも700人以上の来場者が有ったんだって。それに学生と関係者の数を足した2100人。問題のパソコンはその中の誰でも触れる場所に置いてあったから、使用者…え―と、直接upしたuser《ユ―ザ―》って事だけど、そいつには辿り着けなかったみたい。メディアがニュ―スとして流さないのも、警察の捜査にその辺の事情が関係してるからじゃないかって…」
 そこまで一気に話して、携帯から顔を上げる。うおいっ、今気が付いた、今日のカラコンはグリ―ン。濃い緑の眼って、逆に人間らしさは薄くなるのね。新しい発見。
「え~、じゃ~さ~、犯人は大学生かも?ってこと~?」
「ん―、その可能性も在るっちや在るんでしょうけど、一般の人もパソコンには触れる状態に在ったみたいだし、そうとは限んないんじゃないですかね。もっと言っちゃうと、upした奴が犯人じゃ無い可能性だってあるんだろうし」
「そっか~」
「でもみゆ先輩。そんなに興味あるんですか?」
 聞かれたみゆは、先《さっき》あたしに説明した髑髏の話をもう一度最初からは話す羽目になった。
 ──ひと通り話を聞き終わると、優は来週までにパソコンで画像をもう少しクリアにしてから引き伸ばして、ディスクに起こして来るとみゆに約束したのだった。
「ごめんね~優。何か気になるんだよね~」
「全然、全然。言うほど手間掛かんないと思うし…。まっ、楽勝だと思うんで」
 裏口が開かれて、戻って来た双葉がカウンタ―の上、二人の間に一冊の本を置く。
「なぁ~にこれ~」と手を伸ばすみゆ。
「"ラ・エスケレト"のカタログ」
 パラパラとペ―ジを捲る手が止まって、カタログに顔を近づけたみゆが大声を出した。
「ウッソ~!あの指輪12万8千円もすんの~!」
 カウンタ―に投げ出されたカタログの中で、歯にダイヤを光らせた髑髏があたしを見詰めているのに気付く。目が合ったあたしのこめかみの辺りがドクンッと大きく脈を打った。
「ヘ―、これっすか。でもそいつら何の仕事してるんですかね。金持ってるよなぁ。もしかしてボンボンだったりして」少し声を落として「いい男います?」と優が続ける。
「あれっ?どうしたの~、はなみ~」
「えっ」
「えって~、どうしたの?ぼ~っとして~」
 みゆの声で正気に戻ったあたしは、無理に髑髏から視線を剥がす《はがす》。一瞬、足元が覚束無く《おぼつかなく》なって、双葉にビ―ルを出すのを言い訳にしてカウンタ―に背を向けると、冷蔵庫のドアに掛けた手で躰を支えた。
 ──カラ・コロ・カラン
「おっ。お嬢さん方、お揃いだねえ」
 何時《いつ》もと変わらずニコニコしたきむ爺の登場にコロッと空気が変わって、この話の終わりを告げるみたいに、双葉がカウンタ―の隅にカタログを片付ける。優も「じゃあ、来週の木曜日」とみゆに念を押して、携帯を置いた。
 ──カラ・コロ・カラン
「三人なんだけど空いてる?」
「いらっしゃいませ―」
 言っちゃってから時計を見ると、未だ六時二十分。どうしようか迷って「お店は七時…」といい掛けた処で、「今日は特別。座敷でいいですか」と、双葉が後を引き取った。
「悪いね」と言いながら、作業着姿のおじさん達が悪びれた様子を微塵《みじん》も見せずに入って来る。飲み物を運んで行った双葉がそのまま話し込んでいる間に、みゆと優が帰って行った。きむ爺が「悪いと思うなら他所《よそ》行きゃいいじゃねえか」と言いながら、前垂れ《まえだれ》を締める――
 大して混む訳でも無く、かといって客足が途絶えるでも無く、十一時半過ぎ、ひとりで呑んでたおじ様が腰を上げた処で本日は店仕舞い。きむ爺を店の外まで送ってカウンタ―に戻ると、置いてあったカタログを手に取る。昼間みゆと優が居た時は、一瞬で足を怪我したあの日の事がフラッシュバックして、鼓動が早くなった。堤防の階段を上がって来る足音。「邪魔だ!」と怒鳴った声。足に感じた痛み。きむ爺の横を擦り抜けて行く後ろ姿。炎が生み出す熱を持った朱い《あかい》光。次から次へと頭に浮かんで……。一度思い出した事で、色付けし直したみたいに鮮明になったあの日の記憶を、頭の真ん中から端に寄せる為に、二度・三度と頭を振る。4ペ―ジ、6ペ―ジ予感を持って手繰った《たぐった》8ペ―ジ。
 あの時見たウォレットチェ―ンに並んだ髑髏が、剥き出しにした歯を光らせていた。
 何故だか、驚きよりも残念な気持ちの方が強かった。もしかしたら、載っていない方が驚きが大きかったのかも知れない。
「趣味わるっ」
 ───止まりました……心臓。
 二階から降りて来た双葉が後ろに立つ迄、全く気が付かなかった。
 一秒、二秒、三秒。心臓が再び動き出すのを待って、恐るゝ声を出してみる。
「一樹はもう寝たの?」
「寝たんじゃない。何で?」と答えて、双葉はカウンタ―の上から灰皿をひとつ、手元に寄せた。あたしはあの誕生日の夜、きむ爺と堤防を歩いていた時に打つかった二人組について話す事にしたんだ。
 ──あたしが話し終わる迄、一言も口を挟む事無く聞いていた双葉が最初に口にしたのは……「で」だった。皆さん御存知、"だぢづでど"の"で"。"だ"とか"ぢ""づ"なら、こっちだって「は」とか「えっ」とか返せるんだけど、「で」って言われちゃうと咄嗟に《とっさに》返す言葉が見付からない。
「だから…、あれが…それで…」
 口の中だけで動き回る出来損ないの単語達は、唇から外に出て行く事を躊躇って《ためらって》縺れ《もつれ》合う。溜め息の替わりに煙草の煙を吐き出して、双葉があたしを見詰める。あまりの眼力の強さに躰の自由を奪われ、もう声を出す事も出来ない。
「先ず《まず》、はなみが見た二人組が関係あるかどうか分かんないし、顔も見て無いんじゃ、もし関係が有ったとしても誰かに…例えばだけど、警察とかに話を持って行く事だって出来ないだろ」
 ここ迄は分かる?と言うように一旦言葉を止めて一度目を瞑る《つぶる》と、もう一度あたしを見詰め直す。あたしはと言えば、"理解してます"という気持ちが精一杯伝わるように、二度・三度と、頷く事だけに全力を傾けた。
「それとさ…、あんたはみゆの店に来る連中の中に、そのウォレットチェ―ンを付けた奴が居るんじゃないかって思ってるみたいだけど、もし居たとしても、それだけじゃ放火に関わってる事にはならないし、今の時点じゃみゆが勝手に疑ってるだけで、その指輪してる奴が動画に映ってる本人かどうかだって未だ分かんないだからね」
 確かにそう。双葉の言ってる事は順序立っていて、夏から春への理解出来ない話じゃない。
 でも…と言い掛けたあたしの頭に、双葉がポンと触れる。「ビンゴっぽいけどね」と今度は、吸い込まれそうな笑顔。それから新しい煙草を咥えて《くわえて》真顔に戻ると、「でもまだ、はっきりした事が判る迄は誰にも話さない方がいい」と言って、「特に一樹にはね」と付け加えた言葉は、少しだけその声を強めた。
「まあ、後は優が持って来るディスクを見てからだね」
 言い置いて立ち上がった双葉は、カウンタ―の中に入って行くと冷蔵庫から缶ビ―ル出してあたしの前に置く。久し振りに飲んだビ―ル、苦いけど躰に染みるように消えていった。その味に自分が緊張していた事に気付かされる。
「…うまっ」
「はなみ」
「何?」
「それよりもね、あんたが考えなきゃいけないのはね、もし今頭ん中に在る事が全部そのまんまだった時、あんた自身がどうすんのかって事なんだよ」
 電気の消えたカウンタ―の中で、双葉がどんな顔をして話しているのかは見えない。その夜は、何時の間にか降りだした雪も気を遣ってか、音も無く町を染めていた。

 

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