惡ガキノ蕾
  ~H31.2.7木曜日 はなみの決心~
 1週間後の木曜日。時計の針はおやつの時間を告げる三時ちょうど。暖冬とは言うけど、昼間のこの時間になっても気温は10℃に届いていない。壁一枚、15センチ程向こうの外界では、春の訪れを少しでも遅らせたい北風が、騒がしく抵抗を続けている。
 一方壁の此方《こちら》側では、こぶ茶の温もりを手の内にした、あたしと双葉とみゆの三人、寒そうな顔ひとつ見せない無表情なテレビが優が来るのを今や遅しと待っていた。あたしの隣に座っているみゆは、数分前から自身作詞作曲の"もしもおこたとみかんがあったなら"と題された新曲を歌い続けている。
 1週間の間、何度も見返した動画。特に四番目の動画には物置の中の新聞紙にライタ―で火を点ける処までが残されていて、翌々日の新聞の記事にも四件目の火事は物置の中が火元で、そこに置いてあった灯油のポリタンクに引火後、家に隣接した物置小屋の屋根を吹き飛ばしその勢いで一軒家を半焼させた模様と書いてあった。
 記事を読んでからもう一度動画を見返すと、確かに物置小屋の中に積まれた新聞紙の奥に赤いポリタンクが見える。あたしの少しばかり足りない頭で考えて見ても、新聞紙からポリタンクに火が引火する間にあの堤防まで走って来るのは、それ程無理がない事のように思えた。あの夜、あのタイミングであたしが聞いた『ボオォンッ!!!』という轟音も、ポリタンクに引火して物置の屋根が吹っ飛んだ時の音だとすれば、記事との辻褄《つじつま》も合って矛盾の無い考えのような気もする。
 ──カラ・コロ・カラン
「ごめんね、遅れちった」
 丁度みゆが、「どうせなら猫も一匹居て欲しい~♪」とサビ?に掛かったタイミングの午後三時四分。
「OUT《アウト》~」
 時間に厳しいのか、いい処で歌を邪魔されたからか、優に向かってみゆが親指を立てる。ネイルの先にチョコレートの飾りが揺れている。そうか、もうすぐバレンタインだもんな。
「すんまそん」
 今日の優は眉毛を描いてるだけで、カラコン無しの黒縁眼鏡といった出で立ち《いでたち》。
「どうだった?」
 あたしが腰を上げるのと同時に、双葉が声を掛けた。「う―んとね…」と、話し始めた優の声を背に受けてコンロにケトルを掛けると、「ミルクティがいい」とのリクエスト。仰せの通りにお盆に載せたミルクティを座敷に運んだ頃には、先《さっき》までは真っ暗だったテレビの画面一杯に例の指輪のアップが映し出されていた。40インチのテレビの画面に映る、歯にダイヤを輝かせたシルバ―の髑髏《どくろ》。それは間違い様も無く"ラ・エスケレト"のカタログに在った、あの指輪だった。
 「え―とね、元の動画を撮った携帯が、多分だけど画素数が600万か700万位だから、引き伸ばしてもあんま良く分かんなくてね。警察とかも使うような画像解析ソフトとか引っ張ってきてたりしたら、思ってたより手間喰っちゃって…」
 何喋ってんだかさっぱりだけど、取り敢えず「お疲れ様」を添えて、ミルクティを渡す。テレビ画面から双葉に視線を移すと、お宝見付けた感を振り撒く優とみゆとは対照的に、その目には暗い翳《かげ》が差していた。
「みゆ…」カタログを捲り《めくり》ながら、あたしは思い切って口を開く。
「な~に~?」
「そいつらの中にさ、このウォレットチェ―ン着けてる奴居ない?」
 開いたカタログを優からみゆへと回して貰う。受け取ったみゆが軽い調子で口にしたのは、この季節に合わせた体温を二・三度下げるお寒い台詞《せりふ》だった。
「あ~これね~。て言うか~、これぶら下げてんのが~塚本だよ~」
「うっわっ、三十万、エグイ!」
 カタログを横から覗き込んだ優のテンション高めの声とは相反して、双葉の醸す《かもす》空気は益々暗く沈んで行く。
「でも~、何ではなみが塚本しってんの~?」
 何にも喋らない双葉が気にはなったけど、あたしはあの火事の在った夜の事を二人に話す事にした。と言うよりも、みゆがそう答えたら話そうと決めていたんだ。
 ――あたしの話を最後まで聞いた後、最初に口を開いたのは優だった。
「え、じゃあそのラリアットが放火の犯人って事?」
「ガチでダメダメじゃんね~。て言うか、ラリアットはやめてよ優~、思い出したら笑っちゃうし~」
 他にも何で放火なんかすんの?とか、何で直ぐ削除するよな動画upしたんだろ?とか、色々疑問はあったんだけど、最後に優の口から出たのは双葉と同じ意味を持つ言葉、「でさぁ、はなみはどうしたいの?」だった。
 あたしは先週の夜の双葉の問い掛けにも答える心算《つもり》で、この1週間自分の頭だけで考えた答えを口にしたんだ。途中で紙に書いとけばよかったなって、ちょっとだけ後悔もしたけど…。
「双葉にも言われたけど、今の段階じゃ警察に話しても相手にされないと思うんだ。実際顔もちゃんと見てない訳だし、あの時打つかったのがもし塚本っていう人だったとしても、それだけじゃ放火に関わってる証拠になんてなんないし、動画に映ってるのがそのグル―プの人だっていうのも、今の時点じゃあたし達が勝手に言ってるだけだから…。それにね、そもゝあたしは警察の手伝いがしたい訳じゃ無いの…」
 そこまで話して双葉に目を遣る《やる》と、未だ暗い目をしたまま煙草を咥えていた。
「そう言ったらさ~その通りだけど…、ね~?」
 みゆが水を向けると、優はそれを避けなかった。
「そうだよ。もうそんなの、ほぼゝラリアット野郎……ツカモットだっけ?そいつとその仲間達で間違い無いじゃん。だって怪し過ぎるでしょ」
 ラリアットって言う時なんだか嬉しそうだし、塚本がラリアットに引っ張られて、ツカモットになってんだけど。
「だからこれはみゆにお願いなんだけど、今度その塚本って人が店に来たら…って言うか店に来る日が分かったら、あたしに教えて欲しいんだ」
「そんなの簡単だけど~、それでどうすんの~?」
「会って本人に聞いてみる」
『はあ!?』優とみゆ、二人のデュオ。止まらないのは優。
「はなみ、そりゃ無茶だよ。そんなの、はいそうです、わたすが放火の犯人ですなんて言う訳無いじゃん」
 みゆが横で深く頷いた。
「それでも、ホントの事言ってるか、嘘ついてるのか位はあたしにも分かると思うんだ」
 これには、二人が無言で答えた。窓の外に目を向けたみゆが、言葉には何の気持ちも載せずに口を開く。
「でも、もしそんでさ~、塚本達が放火の犯人だったとして~、それが判ったらはなみ、あんたどうすんの~」
「…放火なんて二度としない様に頼もうと思ってる。…そんで、約束もして貰う。この先も止めてくれないなら、判ってる事全部警察に話しますって言って」
「無理だ…」
 そこで初めて今まで黙っていた双葉が、やっと聞こえる位の小さな声で呟いた。
「はなみ。そんなのそいつらがもしやってたら絶対に認める筈ないし、放火なんかするような男が、あんたの言う事なんか真面《まとも》に聞く訳無い。大体そんな奴等に関わったって良い事なんかある筈無いんだし、逆恨みされてお仕舞いだよ。そんな事するのに、何の意味も無いだろ。正義の味方も立派かも知れないけど、あんたにもしもの事があったら、その時悲しい思いをすんのはあんたじゃなくて、周りの人間の方なんだ」
 指に挟んだ煙草の先を見詰めながら、淡々と静かな口調で言い切る。
 三人共黙っていたけど、あたしが黙っていたのは、双葉があたしの事を心配してくれてるのが伝わって来て、その事が嬉しくてちょっとだけ恥ずかしかったのと、双葉の胸の中に残るパパが置いて行った傷が、未だ完治していないのが厭って言う程分かって、あたしのしようとしてる事が結果として、もしかしたらその傷を深くしてしまう事もあると気付いたからだった。
 優もみゆも何も言わない。
 音が去った部屋の中で、空気を読まない煙草の煙だけが自由に動き廻っている。
 あたしは顔を上げて、真っ直ぐに双葉を見た。
「でも…」と、あたしが話し始めても、まだ双葉の視線は手元の煙草から動かない。
 ──言わなきゃ。…ここで、
「でも…、怪我した人は確かに居なかったみたいだけど、…家とか…大事な物が燃えちゃって悲しい想いをした人がそこに居て…。もし…もしその犯人がどんな奴か知ってるのがあたししか居なくて…、そういう事全部を見て見ぬ振りするような──」
 双葉が灰皿で煙草を消す。
「見て見ぬ振りするような野暮な真似《まね》あたしには出来ないから」
 双葉の目がゆっくりとあたしに向けられた。怒られたら、即謝る準備は出来てる。よし来い。1…、2…、3…、1秒1秒が長っ、誰か―!
「…しょうがないねえ」
何時の間にやら目を瞑っていたあたしが最初に見たのは、何時もと変わらないあの、吸い込まれそうな双葉の笑顔だった。みゆと優も笑っている。
 ガラリと密度の変わった空気の中、そこからは、「そうなりゃさ…」と話し始めた双葉の筋書きに三人で聞き入った。先《さっき》まではあんなに温度が低かったのに、まるでこうなる事が分かっていたみたいに、双葉の説明には呆れる位無駄が無い。それゞが自分の役割を確認すると、次に塚本達がみゆの店に来る日が分かったタイミングで、みゆからみんなにメ―ルを回すと言う事で双葉の説明は終わった。
 「一樹にはどうすんの?」と、一応聞いてみる。
「内緒。今んところはって話だけどね。塚本達の…出方次第ってとこかな。どうせ今話したって、塚本とその仲間何人か殴ってお仕舞いってとこでしよ。殴られたからって放火を認めるかなんて分かんないし、下手したら一樹の方が傷害とかで捕まる可能性だって考えられる。第一、この件に関係してる連中がその時都合良くみんな一緒に居るかも分かんないしね」
 あたし達三人がシンクロして頷く。御尤も《ごもっとも》です。
 その後もあたし達は小一時間ほど悪巧みを続け、あれやこれやと細かな事までを話し合った。みゆのご飯の誘いに、優と双葉が出て行ったのは、そろゝ五時になろうかという頃で、あたしは時計の針に追いたてられる様に開店準備を始める事になった。やっば。
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