ロゼリアの黒い鳥


「デボラさん、この傷はどうしますか?」

 ふと、ロゼリアの右肩から鎖骨に向けて刻まれてある傷痕を指さす。
 そんなに深い傷ではないが、それでもうっすらと見えるそれは襟ぐりが大きく開いたこのドレスでは隠せなかった。

 ヴェールがかかれば見えなくなるには見えなくなるが、それでも身体に傷があるのを見せるのはロゼリアも嫌だろう。

 そう彼女の心情を慮ってデボラに訊ねた。

「旦那様が隠せっておっしゃっていたよ」
「分かりました。じゃあ、お化粧で隠しちゃいましょうね」

 よかったと胸を撫で下ろした。
 このくらいならば化粧で少しは隠せるだろう。あとはヴェールで見えなくしてしまえば、ロゼリアも気にならないかもしれない。

 おしろいを手にとって丁寧に傷の上に塗ろうとする。
 ところが、その瞬間、ずっと窓の外を見ていたはずのロゼリアがこちらに目を落とした。

「……お嬢様?」

 こちらがすることなどお構いなしだった彼女が、こんなに過敏に反応するなんてなかったことだ。
 しかも、いつもは虚ろな瞳がわずかに揺れていた。

「お嬢様、どうかされました?」

 彼女が何かを訴えかけているような気がして聞いてみるも、返事はない。ただアリシアの目をじぃっと見つめている。

 もしかして隠してほしくないのだろうか。

「……隠すのやめますか?」

 主人に隠すように言われているが、それでもロゼリアが拒むのであれば叶えてやりたかった。彼女と出会って初めて見せた自らの意思を無下にはできない。

 ロゼリアは微笑んだ。
 その顔が、『ありがとう』と言っているように見えて、嬉しかった。

 次の瞬間、また窓の外に目を向けてしまったけれど、それでもアリシアの心は喜びに満ち溢れる。

「旦那様に見つかったら大変だよ」

 そう口では言いつつも、デボラも隠せと強くは言わない。

 もしも見つかってしまったら、ヴェールで充分に隠れると説得しよう。そう決めて、ロゼリアの頭にヴェールを乗せてピンで固定した。


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