ロゼリアの黒い鳥
――このままここにいたら殺される。
そう本能が訴えかけていた。
「お、お嬢様、急いで」
先ほど引っ込んだはずの涙が、今度は恐怖で零れ落ちる。
引っ張られるだけのロゼリアは走ることもできず、この状況を分かってもいない。その耳に届いていないのだろうか、あの異常な悲鳴が。
きっと、サロンの中で誰かが何者かの襲撃を受けている。そして、その矛先が扉の向こうのこちら側にいつやって来るかも分からないのに。
「お嬢様! 早く!」
それでも、ロゼリアを置いていくわけにはいかずにデボラと懸命に彼女を動かした。
ところが、後ろから扉が開け放たれる音が聞こえてきた。
ビクリと肩を震わせて、一瞬足を止める。
恐怖が全身を駆け巡り、足を竦ませた。逃げたいのに、この足はまるで地面に貼り付いてしまったかのように動かなくなってしまう。
背後から何かがやってくる。
その恐怖の正体を知ろうと、アリシアはつい振り返ってしまった。
「ひっ」
咽喉から引き攣るような悲鳴が出る。それが先ほどサロンから響いてきた声に似ていた。
背の高い、漆黒を纏った男がゆっくりと近づいてきているのが見えたのだ。
大きな足で地を踏み締め、足音もなく歩くその男は迷いもなくこちらに向かってきていた。
男の背後に、扉が開け放たれたサロンが見える。
誰かの脚が床に投げ出されていて、ガラス片や木材が散乱していた。そしてそこかしこに見える赤、赤、赤。
その正体が何かなど目を細めなくとも分かる。
自分もあれを身体中から噴き出しながら倒れ込むことになるのだろうか。あの男に殺されて。
そんな悲惨な未来を想像して、自然と呼吸が浅くなった。