ロゼリアの黒い鳥
「父に感謝するといい。お前を穢した虫を退治してやったんだからな」
穢されたなどとんでもない。
ロゼリアはなにひとつ穢れなど受けなかった。
ギデオンから受け取ったのは、優しさと愛と、人間としての尊厳。幸せな気持ちしかなかった、ギデオンとの時間は。
何よりも尊く、何よりも愛おしい。
狂おしいほどに大好きだった。
父に命令された使用人たちが、ギデオンの骸をどこかへと連れて行った。
引き離されたくなくて暴れたが敵うはずもなく、この手から奪われてしまう。
これで、ロゼリアに残されたものは何もなくなった。
ギデオンはもういない。
彼を支えに生きてきたロゼリアにとって、その現実は実に耐えがたく認めたくないものだった。加えて、ロゼリア自身がギデオンの死の一因を担っていたことが呪わしい。
もし、最初に出会ったとき、ブラックベリーを差し出すことを拒んでいたら、ギデオンは死ぬことはなかった。どこかで生きていたはずだ。
ロゼリアに出会わなければ、あんな惨い死に方をしなくてもよかった。
自分のせいだ。
ロゼリアがギデオンを殺したようなものだ。
自分の耳元で誰かがそう囁く。
それはギデオンの亡霊だったか、はたまた罪悪感に駆られたロゼリア自身の声だったか。
声は徐々に大きくなり、ロゼリアを苛んだ。
悲鳴を上げ、涙を流し、震えて。受け入れられない現実を振り払うように暴れる。一度おさまった慟哭はふとした瞬間に甦って、また叫んだ。
錯乱するロゼリアを見て父は怒った。
みっともないと頬を張り、煩わしそうな顔をする。どうしてそんなに嘆き悲しんでいるのか分からない様子だった。
分かるはずもない。
あんなにいとも簡単に、ギデオンのすべてを奪ったのだから。
悲しみの中に怒りが生まれ、怒りの中に憎しみが生まれる。だが、それらをすべて覆うような虚無が日に日に広まっていった。
自分の心が静かに狂っていく。
ロゼリアはじっとりと心が血を流し、形を崩して融けていくのを感じていた。