ロゼリアの黒い鳥


「失礼します、お嬢様。お召し替えのお時間です」

 デボラの挨拶に続いてアリシアも恭しく頭を下げる。
 返事もなく動いた気配もなく、しばし沈黙が続く。だが、いつものことなので頭を上げて窓の方へと目をやった。

 いつもの位置、いつもの場所。
 視線は窓の外。

 自分が嫁ぐという日でも変わらないロゼリアの様子に、アリシアは悲しみが襲ってきた。

 つかつかと部屋の中に入っていくデボラに続き中に入り、ドレスをトルソーにかける。ヴェールも広げて、アクセサリー類も取り出しやすいように鏡台の前に並べて置く。

 次に風呂の準備をして、ロゼリアのもとへと足を向けた。
 いまだ窓の外に目を向けている彼女の肩に軽く触れ、懸命に顔に笑顔を貼り付ける。

「お嬢様、まずは身体を清めましょうか」

 アリシアがそう声をかけてもロゼリアは返事をしない。それどころかこちらに視線も寄越さず、一心に窓の外の枯れた大木の梢を見ていた。

「……黒い鳥、こっち見てる」

 小さな口がようやく紡いだのは、返事でも何でもなく黒い鳥の話だった。

「ねぇ、見て。綺麗な鳥ね。綺麗で大きい、漆黒の鳥」

 アリシアもロゼリアの視線の先を見やるも、そこには鳥などいない。漆黒の鳥も鳥の影もない。虚ろを見つめ、鳥がいるとロゼリアは言うのだ。

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