ロゼリアの黒い鳥
浴槽に身体を預けて目を瞑るロゼリアのブルネットの髪の毛を丁寧に洗う。腰元まで伸びた綺麗な髪を、ゆっくりと手で梳いていった。
「気持ちいいですか? お嬢様」
返事はないのは知っている。
けれどもアリシアはどうしても思ってしまうのだ。返事ができないだけで、こちらの話を聞いて理解しているのではないのかと。そしてふとしたときに返事があるのではないかと期待をして話しかける。
デボラは話しかけるだけ虚しいから止めなと言うが、二人きりになると言葉を口にしてしまう。
ロゼリアは人形じゃない、人間なのだと確かめたいからかもしれない。
「今日でお別れですね。……寂しくなります」
こうやって石鹸で身体を洗うのも、髪の毛を梳くのも、浴槽に浸かったときに少し気持ちよさそうにするその顔を見るのも今日で最後だ。
きっと二度と会えないだろう。
こんな状態のロゼリアを積極的に外に出すとは思えないし、いち使用人が会いに行くこともできない。
嫁ぎ先で彼女がどんな扱いを受けるか。それだけが不安で仕方なかった。
ここにいればこうやって自分が手をかけてロゼリアの世話を焼くことができる。でも、他の人はここまでしてくれるだろうか。
子どものように手がかかるこの人を慈しんで。
「……お嬢様……逃げたいですか?」
海綿をギュッと握り締めて涙を堪える。
返事はない。そのことが酷く切ない。
何かあっても助けを呼べない、逃げ出すこともできない。むしろ、自分の身に怒っていることが悲惨なことだとも認識できないのかもしれない。
ロゼリアの目にこの世界がどう映っているのかも知ることができないのだ。