エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
 女の方は、今日は以前勤めていた病院の仲間と会う約束が以前からあったらしい。何時になるかわからないと言いつつも、その後にもしも会えたらいいけれど、などと思わせぶりな約束の仕方。

 伊東先生が後藤さんと会う約束をしたのは、あの女への当てつけも含めていて会えない場合の保険でもあり、それでいてどちらへも罪悪感を抱いている。

『相変わらず想われてますね』
『だろ。俺にベタ惚れだから』

 だから、なにをしても離れることはないと思っているんだろう。それが、隙になっているなんて、もうこの人は新しい恋に目が眩んで気付いてもいない。

 案の定、歓送迎会がもうすぐお開きになるという頃、伊東先生がスマホを気にし始めて、顔色が変わる。いそいそと電話をしにその場を離れるのを見て、俺は先に店を抜け出すことにした。どちらの女からの連絡か、あの表情を見ればわかる。

 家には向かわず、駅の方角へ足を向ける。予想通り、そこには待ちぼうけている彼女がいた。

『こんばんは、高野先生』

 かつて見た笑顔とは違う、寂しさを滲ませた彼女の瞳に胸が痛む。これから、どうやってあの男の不実を彼女に知らせようか。敢えて泣かせることにはなるけれど、絶対にひとりにはしない。
 白々しい表情で俺は言った。

『後藤さん、伊東先生待ち?』 



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