エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける

 ――これ以上、今考えたらダメだ。

 ぶるん、と思い切り顔を横に振った。一緒に嫌な疑心暗鬼も振り払う。伊東先生の言葉は、悪意に満ちている。悪い方にしか受け取れないようにわざと話している。
 だから、今は考えることを放棄しようとした。

「聞きたくありません。帰る」
「ほんとのことだぞ。狼狽えるってことは、あの日のうちに口説き落とされたか? 身体で慰めてもらった?」
「やめてください! 変な言い方しないで!」

 カッとなって思わず声を荒げてしまう。

 あの夜、あの店にはどうやって行ったんだった? 私は知らない店だった。大哉さんが、確か、連れていってくれた。

 あの時、彼はどんな顔をしていたっけ。

「なんだ図星か。お前も案外、尻が軽いな」

 動揺したところに、ひどい言葉を投げかけられる。昨夜、沢田さんに投げつけられた言葉を思い出した。

『まだ未練があるんじゃないの?』

 このふたりは、よく似ている。どうして、人の一番傷つく言葉をこうもうまく選ぶのだろう。


< 168 / 185 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop