エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
悔しさに涙がこぼれそうになるのに、言い返す言葉が見つからない。
なにも知らないくせに。あの夜、私がどれだけ泣いたか、知ろうともしないくせに、ふたりとも第三者の顔をして事実だけを突きつけてくる。
あの夜、大哉さんがどれだけ私の心に寄り添ってくれたのかも知らないで。ああ、でも、大哉さんは、最初から私が傷つくことを知っていた……?
ぶわっと涙の膜が張り、視界が歪んだ。この人の前でだけは、絶対に泣きたくないと思っていたのに、このままではこぼれてしまう。
ひくっと嗚咽で身体が揺れて、傘が肩からずり落ちる。
直後、大きく水たまりを踏む音が後ろから聞こえた。表情までは涙で歪んで見えないけれど、伊東先生が驚いたように一歩下がったその直ぐ後に、強い腕に後ろから抱き着かれる。
彼の腕が絡みついたその反動か、もしくはわざとか。大哉さんの黒のトートバッグが思い切り伊東先生の顔にぶつけられた。
「……てめぇ!」
咄嗟に腕でガードしたらしい伊東先生が、私の斜め上あたりを睨め付ける。
「すみません、勢い余って」
飄々とした調子でそう答えたのは大哉さんの声だった。腕が強く私を抱きしめて離さない。
「なにを言われた?」
背後から、彼がジッと私の顔を覗き込んでくる。
「大哉さん……」
彼の目を見ながら、私はなんとなく伊東先生の言ったことが本当のことだと確信を持っていた。