エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
◇◆◇

 働いていた会社が昨年倒産した。
 大学を出てから二年勤めた会社で、総務課に勤務していた私はとくに残業もなく土日祝日きっちりおやすみで、不景気のこの世の中どこかのんびりとした会社だなあと思っていた。そんな私も、のんびり……いや、呑気だったんだろう。そこそこ大きな企業だったので安心していたというのもある。

 特出すべき点は何もないしがない事務員に、再就職は厳しかった。それでも、割と評判の良い派遣会社に登録させてもらえたのは無遅刻無欠勤でひたすら真面目に勤めた前職が多少評価されたと思っていいのだろうか。

 食品会社に派遣され、前職と同じ事務職に就けたのは、幸運だった。

「後藤さんお疲れさまっ!」

 会社を出て、すぐにぽんっと肩を叩かれる。振り向くと、同じ事務――といっても彼女は正社員だけれど――の稲盛さんがいた。

「お疲れ様です」
「急いで出たみたいだけどデート?」

 すばりと指摘されて、ぽっと顔が熱くなる。

「ええ、まあ。あ、でも別に急いでるわけじゃないんですけど。まだちょっと時間あるので、どこかで時間をつぶそうかなって」
「あ、じゃあ駅まで一緒にいってもいい?」
「もちろんです」

 横に並んで駅まで歩き始める。
 今夜はデートだけれど、向こうは歓迎会があり会うのはその後になる、ということだった。そんな日にわざわざ会わなくても……と思うのだけれど、この頃会えていない寂しさからOKしてしまったのだ。

「彼氏と長いって言ってたよねー」
「ですね。家庭教師をしてくれていて、それからの付き合いで……あ、ちゃんとお付き合いしたのは受験に合格してしばらくしてからですけど」

 彼、伊東直樹は医大生の頃、学費を稼ぐのに家庭教師のバイトをしていた。私はその時の生徒だ。正確には、受験合格時に告白して保留にされ時々会ってお茶するお友達期間をおいて、二十歳の誕生日に受け入れてもらえた。それからなので、五年のお付き合いになる。
 ……充分長いか。

「いやー、家庭教師の男の子とって、なんかすごい青春ねー」
「あはは、そんなことは……」

 恥ずかしくなって笑って誤魔化す。

「結婚するの? そこまで長く付き合えるって、もうそういうことよね。いいなー、私なんて長く続いても二年が最長で」

 結婚、の言葉がちくりと胸を刺して、やっぱり笑って誤魔化した。
 長い付き合いだけれど『結婚』という言葉が私たちの間で出たことは無い。もちろん、私はいつか結婚するならって思っているけれど。

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