エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
「ここは、フルーツを使ったカクテルが美味いから。気に入ったら他のも頼めばいい」
そう平静を装っているものの、彼の肩がふるふる震えて見えた。
「笑わなくてもいいじゃないですか。こんなに美味しいカクテルなんて初めてだったんです」
「いや、美味しそうに飲んでくれてよかったと思っただけで、笑ったわけじゃ」
嘘だ、絶対笑っている。だって手に持ったグラスを全然下ろさないし、やっぱりまだぷるぷるしている。知らなかったが、彼は笑い上戸らしい。
いつまでも笑わないでほしいと念を込めてじっとりと睨んでいると、彼はやっと咳払いをしてグラスをテーブルに置いた。そのタイミングで、オーダーした料理が三種類ほど運ばれてくる。
「料理も美味いから食って。腹減ってるだろう」
「……いただきます」
誤魔化されたような気もするが、確かにお腹も空いているので差し出された小皿を受け取った。小皿に少量ずつとって食べてみると、確かにどれも美味しい。
思わず口元を抑えて高野先生を見ると、彼はまた嬉しそうに笑っていた。
「美味いだろ」
まだ口の中に入っているのですぐに答えられなくて、こくこくと頷く。
「付き合ってもらったお礼に奢るから、遠慮なく。これ、鶏の刺身はごま油つけてな」
甲斐甲斐しくごま油の入った小皿を私の方へ近づけてくれて、料理も全部取りやすいところに並べてくれた。
私は慌てて口の中のものを飲み込みお礼を言うと、気になっていたことを尋ねる。
「あの、ちょっと付き合ってって言ったの、お食事にってことですか?」
「そう。どうせ待つ間に食べるつもりだったんだろ? 俺もこれからだし、ひとりじゃ浮く店もあるし」
なるほど、と頷いた。確かに、このお店はちょっとひとりは入りづらそうだ。ほとんどの客が二人以上……というか、カップルのように見える。
「今日は、高野先生は直樹さんと一緒じゃなかったんですね」
彼は研修医が集まる親睦会があるから先輩として顔出しにいくとか言っていた。
会える日はないかと聞いているのに、答えがそれだったのでこの日の後に会いたいという意味だと察した。
「んな、しょっちゅう飲み会にばっかり行ってられない」
高野先生が、吐き捨てるように言う。
じゃあ、どうして直樹さんは……と、比べて考えてしまいそうになって口を閉ざす。仕事の仕方も付き合いの仕方も、人それぞれだ。
ただ、直樹さんの中で”私”という存在の優先順位が、下がっているのはもう、さすがに理解している。