エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
もしも私のせいで寝坊させて遅刻になってしまっていたら、どうしよう。
いや、それよりも、彼は当然今日も直樹さんと顔を合わせるはずだけれど……大丈夫なのだろうか。
昨夜のことで、揉め事になったりしないか、それが心配だった。直樹さんが突っかかったりしなければいいのだけれど。
ベッドの体裁を整えて、寝室を出る。あまりうろうろしてはいけないと思いつつ、顔だけでも洗わせてもらいたくて、洗面所らしき場所を探した。
幸い、廊下の向かいのドアを開けてみるとすぐに見つかった。顔を洗おうと洗面台に近寄って、鏡に映る自分の顔に絶句する。
「う、うわ……」
瞼が真っ赤になって、ぽってりと重たくなっていた。二重の線もまったく見えない。すっぴんどころか酷い状態だった。
え、まさか、昨夜も途中からずっとこんな顔? 嘘でしょ?
瞼周辺を指で軽く擦るとヒリヒリと痛んだ。だけど、よくよく見ればアイメイクだとかは綺麗になくなっている。泣き過ぎて全部流れたのだろうか。
それにしても、この顔を、一晩中彼に見られたのか。しかも、あんなに近い距離で。
知りたくなかった事実に気が付いて血の気が引き、それから昨夜のことが思い出されて徐々に身体と顔が熱くなる。
高野先生の顔が、すぐ目の前にあった。睫毛の長さもわかるくらいに近い距離で、何度も何度も囁かれた。
――かわいいって。
いや、かわいくないでしょ、と今なら全力で言うし顔を隠して絶対見せられない。それにしてもあれだけ泣いていたのだから当たり前なのに、昨夜の私はまったく気付かなかった。それだけ、通常ではなかったということだ。
「はああ……」
ため息をつき、洗面台に手を乗せたままその場にへたり込む。
――次、どんな顔をして会えばいいんだろう。
ふとそんな考えが頭に浮かんで、一瞬後に苦笑した。
もう、会う機会などまずない。高野先生とは、元々、直樹さん経由での知り合いだ。彼と別れた今、もうあの病院関係で呼ばれることはないだろう。
サチとは個人的に友人になったから会えるけれど、高野先生とはそういう関係ではなかった。
――一夜の、過ち。
人の体験談や小説なんかじゃよくあっても、あまり現実味のないものだった。物語の中だから上手くいくんだろうなと思っていたけれど、その通りだ。
冷静になったら現実の苦さを思い知る。
彼は直樹さんから私を庇ってくれたけれど、直樹さんがいなければ何の繋がりもない人なのだから。