エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける

 あまりあちこちは見ないようにして、最低限の身支度だけ整える。それから、夕べ飲み散らかしたのではないかと気になって、一応リビングを確認しにいった。
 確か飲んでいたのはリビングのソファのところだが、周辺を見渡しても綺麗だった。ソファの上で何があったかを思い出し、そこだけは直視せずにキッチンの方へ向かう。

「あ」

 キッチンの手前のダイニングテーブルに、小皿におにぎりが二個乗りラップが被せてある。その横に、キーホルダーも何もついていない鍵と走り書きのメモがあった。

《まともな材料がなくて、おにぎりで悪い。帰るならこの鍵使って》

 カウンター越しにキッチンの流し台を覗き込むと、ビールと酎ハイの缶が置かれている。慌てて片付けて出勤したんだろう。

 もう一度、テーブルのおにぎりに視線を戻す。そんなに慌てていたのに、目が覚めた私のためにおにぎりまで用意していってくれたのか。

「ふふ……」

 私にはいつも不愛想に見えていたのに、たった一日で随分彼の印象が変わった。あまりに人が好過ぎる。
 おにぎりをいただいたあと、お皿と空き缶を綺麗に洗っておいた。部屋を出る前に、彼の残した置手紙の余白に、鍵は新聞受けから中に入れておくことと。

《すみませんでした。ありがとう》

 悩んだ末に、それだけを書き残した。

 マンションを出て一番近い駅をスマホのマップで表示し、そのままナビに従って歩く。大通りから外れているだけで、駅からそれほど遠いわけではなかったらしい。

 地理的に、駅を挟んで向こう側に勤め先の病院がある。車で行くほどの距離でもないから、徒歩か自転車を使って通っているのかな、とそこまで考えて、はっとあることを思い出した。

 ……あの日、彼は電車に乗って私を送ってくれた。どの駅までか聞いてもはっきりとは教えてくれず、同じ方面だからと言って私と同じ電車に乗ったのだ。
 そもそも、電車に乗る必要もなかったということではないか。

「……本当に、お人好しなひと」

 駅までの道のりを歩きながら、昨日彼に手を引かれてこの道を歩いていたのだなと思い出す。後悔はある。だけど、ひとりにしないでくれたことに、私は確かに救われていた。

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