エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
『……なにそれっ……やっぱりあいつ』
スマホから聞こえるサチの声が、震えて更にいつもよりワントーン低く聞こえる。
「誰のことかわかるの?」
大きな病院だから、たとえ看護師同士でも所属科が違えば顔も知らないなんてことも少なくない。だが、サチはどうやら相手に見当がついているらしい。
『伊東先生の幼馴染っていう女のことじゃないの? 病院でも噂になりかけてて、私みたいに雅の存在知ってる人間は、なんか気分悪くて……あんまりその噂が広まるようなら伊東先生に直接聞きにいこうと思ってたんだけど……』
よほど腹が立ったのか最初は早口でまくし立て、語尾は何か言いづらそうに弱くなる。それから『ごめん』と小さく聞こえてきた。
「サチ? なんで謝るの?」
『いや……なんか、怪しいなとは思ってたの。早くに雅に教えてあげた方がよかった』
後悔の滲む声で、サチが言う。
「そんなことないよ。心配してくれてたでしょ、ずっと。ありがとう」
それは、本心だ。この間会った時も、直樹さんの話になるとサチの様子がどことなくおかしかった。機嫌が悪い様に見えたのは、あの女性のことを私に言うべきかどうかで悩んだのだと思う。
彼女が黙っていたのはきっと、それがまだ不確かな情報に過ぎなかったからだ。
それにしても、病院内でも噂になるほどふたりは仲睦まじい様子を周囲に見せていたらしい。それにも拘わらず、私に何も言おうとせずにあの対応……フェイドアウトを狙っていたと疑ってしまう。
彼の冷たさに耐えかねて、私から離れていくように仕向けられていた気がする。