エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
「ああ、もう、すっぴんはしょうがないとして……」
ピンを外してみたら、癖がついてピンの型が残ったままだ。しかたなく、ただの黒ピンではなくビーズの花飾りがついたピンに変えて留めなおした。
スマホと家の鍵を持って、慌ててマンションを飛び出す。駅の方角に走っていくと、すぐに背の高い男の人がこちらに歩いてくるのが見えた。
高野先生だ。
「先生!」
距離が近づくにつれ、夜道でも顔がわかるようになってはっきりと目が合った。彼は少し目を見開いて、駆け寄った私の二の腕を軽く掴み道の端へ誘導する。
「そんなに走らなくてもいいのに。俺が勝手に来たんだから」
「いえ、でも……」
そういえば、どうしてこんなに急いだのか。胸を押さえて、弾む息を整えながら考える。少し落ち着いて顔を上げれば、彼が私を見下ろしていて視線が合うと目元がふっと和らいだ。
「かわいい」
「え」
突然言われて顔が赤くなる。高野先生の手が顔に近づいて、どこに触れるのかと思えば全開になっている額だった。
額を指でとんと叩いてから、前髪に触れる。
――あ。ピンのことか。
「ありがとうございます。お気に入りで」
勘違いして赤くなって、恥ずかしい。だけど、それにしてもこの人は気軽に「かわいい」という言葉を口に出し過ぎなのだ。
先週の夜から、もう何度聞いただろう。数えておけばよかった。
そう考えたが、すぐにそんなことは不可能だったと気が付く。夜、乱されていた間もずっと、囁かれていたのだから。