エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
冗談で聞き流してしまえばいい? だけど、今の私の感情ではそれが難しかった。
「あ、あの……」
「うん」
彼はまだ、にこにこと笑っている。
「すみませんが、駅まで行きましょう。美味しい定食屋さんご紹介します」
後ずさりながら私がそう言うと、彼の微笑みは“しまった”とでもいうように焦りを滲ませた。
「いや! 嘘だ、ごめん! 大体、今日後藤さんに会いに来てることは永井さんも察してるはずだし、何かあったら彼女が黙ってない」
「……ほんとに?」
「……ごめん。質の悪い冗談だった。後藤さんがいいというまで、二度と触れない」
悔いるように眉根を寄せ、首の後ろを搔く。それから、バツが悪そうに目を逸らした。
「……いいと言ってもらえるまで、触れない」
それではまるで、私が『触れていい』というのを、待つという意味に聞こえる。
――だから、そういう、期待させるようなことを言わないでほしいのに。
結局私は、また何も言えなくて黙ったまま顔を赤くする。夜道で、暗くて良かった。きっと、顔色までは見えないだろう。
すると、沈黙を私が機嫌を悪くした証拠のように彼は感じたらしい。
「……ほんとに、ごめん。ちょっと浮かれてる」
「……浮かれてる?」
浮かれる要素があっただろうか。
わからなくて同じ言葉で聞き返す。しかし、彼はそれには笑って首を振っただけだった。
「どこかに公園はある?」
突然、話が変わる。驚きつつも、すぐ近くに公園があるので頷くと、彼は言った。
「弁当買って、そこで食べながら話そう。その方がいい」