エリート外科医は最愛妻に独占欲を刻みつける
数秒してから、彼の落ち着いた声で返事があった。
「食事の時じゃなく?」
「はい。ふたりで、落ち着いて話せるとこがいいから……」
「わかった」
失敗した。できれば今日一日、何も考えずに純粋に彼とのデートを楽しんでから、最後にと思っていたのに、これでは重大な話があると先に宣言しているようなものだ。
会話の止まってしまった車内が、ひどく気まずい。どうしよう、と焦っていると少ししてから突然、彼が唐突に呟いた。
「……そば」
「えっ?」
「そばにする?」
一瞬、何を聞かれているのかわからなくてぽかんと大哉さんの横顔を見る。彼は、うーんと小さく唸りながら、何かを考えていた。
「酒を飲まないなら、飯、何がいいかと思って。蕎麦なら美味い店知ってるんだけど、あ、もしかしてうどんの方が好き?」
そこまで言われてやっと、“そば”が麺類の蕎麦のことだと理解した。
「うどんの美味い店は、知らないんだよな」
真剣に悩む彼を見て、私はなんだか気が抜けた。
「うどんか蕎麦の二択なんですか?」
「もちろん、他に食いたいものがあったら何でも」
「お蕎麦がいいです。話してたらなんだかお蕎麦が食べたくなりました」
また明るくなった車内の空気に、ほっとする。いや、彼が明るくしてくれたのだ。