熱い熱がたまる
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✴︎



人の唇って。
形があるんだ。

柔らかく。

人の舌って、こんな風に使うんだ、厚みがあって、

うっすら目を開いているから、見えてるのに、その感覚が初めてで、意外な感触で、絶対舌ってわからなかった。

好きなんだけどな。

この人のこと。

こんな近くに他人がきたの、初めてだし、お母さんと子供の時の触れ合い以来、20年以上、のはじめての事だ。

彼は、どう思ってこんなことしてるんだろう、

熱がたまるって⋯⋯

やたらとシたくなるんだって⋯⋯

私じゃなくても、いい⋯⋯ ってことかな。
いつも誰かと分かち合ってる熱⋯⋯ なのかな。

急に冷静になって、心が冷えて、熱い熱い熱をぎゅっと押し込めたら、
彼の方はまだ、熱い熱病のままだった。

手が、確かな所有感を持って、私に触れてきた。


「お願い、違うよ」


と言ったら、


「何が? 」


って、
彼の方の熱は、なかなか、下がらない。
熱は彼の手の先まで燃やしていて、熱い大きな男の人の手が、肩や腕やももに触れてると思ったら、もっともっと、体に近くなってくる、熱の中心に近づいてくる、


「違う、これは違う! 

だめだって! 」


(だって、誰かとしたくなるんでしょ、私じゃなくてもっ)
って、強く押したら、本当は、そんな舞香の力なんて、なんの力も彼は感じていないだろうに、まるで、水をかけられたように、止める。

止めてほしくない気持ちしかないけど、

でも、これはまずいでしょう。

とまどって、涙が出てきた。

本当はもっと欲しくて、熱がたまってるけど、でも泣けた。

彼は、口から熱い気持ちを吐き出すように、はぁ、と何回も熱をだしてから、大きな手で、自分の顔をこすって、額にかかっていた髪をすいた。
顔が辛そうに、ちょっと怖い感じにこわばって、


「なんだ」


と言って、ゆっくりと離れて、聞いたことないような、荒いため息をついて、ベットの端に座った。


「おれ、人としてサイテーだな」


サイテー、

私とこんな事になりかけたことが⋯⋯ 。



「あんたもサイテーだけど、踏みとどまってよかった」


サイテー
大きな刃物で、真っ直ぐに切られたみたいな気持ち。
熱まで、取り返しが効かないぐらい、ぶった切られて、もう、浮上不可能かも。


「でも、」


と彼の背中に向かってつぶやいた。


「私は、少なくとも、誰かとしたいんじゃなくて、欲だけじゃない⋯⋯ から、好きだから、大丈夫⋯⋯ サイテーなことでも、ないかも、と思うし、なんか、大丈夫⋯⋯ 」

「何言ってんだよ! 」


とものすごく怖い声で言って、彼は、服をシワになるぐらい握りしめて、床にたたきつけた。


「ふざけんな」


嫌われた。

炎みたいに熱くて、氷みたいに冷やっとして、辛い。


彼は、そのまま、ふぅとかはぁとか言いながら、バスルームに入って鍵を閉めた。

寒寒しい部屋。

急に冷たくて、暗い世界みたいになって、自分で止めてもらったのに、叫び出しそうなぐらい、彼の熱い熱が欲しかった。
もう、あたためてほしくなった。

さっきまで、
一緒に観戦して、
その間中、ソワソワと熱が溜まり続けて、

雨が降って濡れても熱くて、熱は消えなくて、

思わせぶりな目つきも、

私を見る熱い目も、欲も、
ちょっと触れるだけの指先や肩や体から、
見つめ合う目が、同じものをたまらなく欲しているのに。

好きだって確実な気持ちを表す言葉がなかったら、そんな気持ちがなかったら、女の子はしちゃダメなんだろう、

彼のものになってしまうから。

彼が欲だけでも、自分は身も心もなってしまうから。

もうとっくになってるけど。

泣きながら帰った。

貴文はバスルームから出てこなくて、なんかが割れる音がして、「とにかく帰れよ! 」とドアを開けずに怒られて、舞香は1人で帰った。


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