君と私で、恋になるまで
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「…丁度、男性スタッフの手があいたようなので。
ここからの説明は代わらせていただきます。」
ブースで隣にいた先輩がクライアントとの話を終えて手が空いたのを確認した瞬間、私は目の前の2人へそう告げた。
うちの会社や今までの案件について、概要の説明はなんとか最後までできた。
実際の△社の要望など、具体的な話をするのは、私じゃない方が良いだろうと思っていたから、良いタイミングでのバトンタッチだと思う。
一礼して、先輩に席を譲った私はブースを囲う大きめのパネル裏に、こじんまりと設置した休憩スペースへ向かう。
「お疲れ。終わったの?」
「っ、」
丁度そこに居た瀬尾のロートーンボイスに、今まで少しだけ嫌なリズムを刻んでいた心拍が少し落ち着く。
だけどさっきの出来事は、ぐるぐると私の体に巻きついたままだ。
「…うん、瀬尾もずっとチラシ配りありがとう。」
今はその顔を見たら気持ちが緩んで下手したら泣いてしまいそうだと、テーブルに乱雑に並ぶ500mlのペットボトルたちを見ながら、そうなるべく明るく言う。
そして、亜子が朝持ってきてくれた葡萄ジュースを見つけ、キャップを開けて持ち上げようとした時だった。
「……っ、わっ!」
手が滑った拍子に傾いたペットボトルの中身を撒き散らすわけにはいかないと咄嗟に思った私は、それを受け止めて抱きしめるような姿勢をとってしまって。
その瞬間、自分のTシャツにじわじわと大きなシミをつくっていく葡萄色に「最悪だ…」と呟いた。
ペットボトルのジュースを飲む。
そんな簡単なことさえままならないほど、私は緊張していたらしい。
「え、どういうドジ?大丈夫?」
「…ほんとだよね。」
こんなことくらいで動揺して情けない。
へら、とこちらへ向かおうとする瀬尾に笑った私は今日の朝に着ていたブラウスをすぐ傍の荷物から出して「着替えてくる。」とお手洗いへ走った。