君と私で、恋になるまで



「ちひろ。」

穏やかな声で呼ばれて何か反応を示そうとした時には、傍にしゃがんでいた筈の男が膝立ちになっていて、私を覆うように近づいて影をつくった。

綺麗に象られた瞳に見下ろされると、心臓が馬鹿みたいに跳ね上がる。

顔を半分ほど隠していたブランケットもゆっくり剥ぎ取られたと、ただ状況の確認だけを必死にしていたら、そのまま直ぐキスが落とされた。


触れるだけの可愛らしいそれが何度か繰り返された後、距離は離さないまま、男は私を瞳に閉じ込める。

「…桝川さんもですよね。」

「何がでしょうか。」

「今日、プレゼン後に
学生にナンパされてましたよね。」


ナ、ナンパ?

いつもの声をちょっと低くしてそう告げた男の言葉を反芻して、

___"あの、俺達のプレゼンどうでしたか!?"

そう話しかけられたことを思い出した。


「…ち、ちがうよ、私と古淵、
学生さんに意見を求められたんだよ。」

「あんなアホ滲み出た奴に意見求める?
どう考えてもお前狙いだろ。」

「…そりゃ、古淵よりは良い意見を
言った自信ある。」

「いやそこじゃねーわ、話聞け。」

そのまま軽く頬をつねられても、
私は瞳をしばたくしか出来ない。


全く納得していない私に気付いた男が、1つ軽く溜息を吐いて、また唇に触れる。


まるごと鷲掴みされたみたいに心が鳴く音が自分から聞こえたら「話すかキスするか、どっちかにして」とは、もう強く言えない。
それどころか全然嫌じゃないから困ると、複雑で不思議な顔になった私に、ゆるく笑う男はもしかしてそんなこと、とっくにお見通しなのだろうか。



「インターン終わった後、学生達がお前のこと話してたってさっきの飲み会で吉澤さんからわざわざ報告も受けました。」

「……」

「…"あんまり可愛いとこばっかり、
他の人に見せないで"もらって良い?」


先程の私の恥ずかしい言葉を上手い具合に引用されて、眉が思い切り寄る。悔しい。


何を言い返そうかと考えあぐねてたら、ふと空気を震わせて笑った男が、痺れを切らしたかのように今度は噛みつくような口付けをもたらす。

「…っ、」

深くて呼吸が難しくなる類いのキスの合間に、ブランケットを全て剥ぎ取って、私のスウェットの裾から少し冷んやりした手が既に侵入している。


「なかば、!」

なんとかそう呼んで、弱く目の前の肩を押すと、ちょっと不服そうな男が動きを止めた。


「…何。」

「お、お風呂入るんじゃ無かったの。」

疲れてるんだからゆっくり入ってきて欲しいという気持ちと。
あとは、全然この流れを覚悟できてなかったから、ひ、久しぶりだし時間が欲しい。
 
絶対、そんなこと直接言えないけど。



私の言葉を聞き終えた男は、

「なんか、今日やばそう。」

「え、」

艶やかな声で告げて、私のおでこにもキスを落とす。


…やばそう、とは。

あまりに平然とした声で、瞳には熱を孕んだままで、そう伝えられてぶわっと顔が赤くなる。

何がやばいのかは、聞かない方がいい気がする。


「…待ってて。」

私が顔を熱らせるまでの一部始終を観察し終えた男は、満足そうにそう言ってのらりくらりと笑って、漸く洗面所の方へと向かっていった。

< 310 / 314 >

この作品をシェア

pagetop