君と私で、恋になるまで


微かにドア越しの流水音を確認しつつ、のそのそとソファで上体を起こす。

まだ心拍数は上がったままで、そんな直ぐに収まりそうに無いので水分でも摂ろうかと両足をフローリングについた時、近くのテーブルで通知を知らせて光るスマホを確認した。

社用の方で、何かトラブルだったらどうしようと不安を抱えつつ手に取ると、メールのアドレス欄に【人事部 吉澤】の文字を見つける。


今日のインターンのことだろうか。

促されるようにすぐにメールを開封すると

『本日はお忙しい中、学生達のコンペにご参加いただきありがとうございました。
採用活動が本格的にスタートしましたら、またご協力いただけますと幸いです。
  

異動したばかりで大変だとは思うけど、枡川は走りすぎて壁に突進する時があるから気をつけるように。』


「…突進…、」

流石、入社した頃からずっとお世話になっている方だ。私の性格も熟知されてしまっている。

メールを確認して、苦く笑いつつ「はい。」と的確な忠告へ返事を従順に漏らした。

少しの空白の後、文字がまだ続いていたのでゆっくりスクロールすると、

『ヤル気がいつも分かりにくい枡川さんの同期に、インターンに協力してくれた理由をさっき飲み会で聞きました。(無理やり)

"最近ずっと後輩への指導と引継ぎを頑張ってた自分の同期を見てたら、そういうの悪く無いかなって思ったから"だそうです。
それ、誰のことでしょうね。

ちょっと色々問い詰めたいことしか無いので、島谷誘って今度女子会ね。よろしく。

吉澤』


"色々問い詰めたいこと"ってなんだろう、嫌な予感しかしない。しかも吉澤さんと亜子なんか、酒豪姉妹すぎて、もはやそれは女子会とは言えない。

最後の文に漏れなくツッコミを入れてから、もう一度、前半部分をゆっくり心で反芻する。




__後輩への指導と、引継ぎ。

吉澤さんの言う通り、
誰のことかなんて分からないけど。



…でも、私のことだったら。

私が、がむしゃらに最近やってたことが、あの男の頑張る理由に少しでもなれてたとしたら。


"同期としても、1人の人間としても誇らしくて、好きで、ちょっと置いていかれそうな寂しさも抱えてしまう。"

いつも、思っているのは私ばかりだと考えていたから、もしそうだとしたら、やっぱり凄く嬉しい。

そう考えた時には、
視界が既に優しい温かさを伴って滲んでいて。


とりあえず、吉澤さんに返信をしようと目尻に溜まり始めた涙を拭っていたら「ちひろ」と、背後から聞き馴染みすぎた愛しいロートーンボイスに名前を呼ばれた。
  


< 311 / 314 >

この作品をシェア

pagetop