Dying music〜音楽を染め上げろ〜
お前は誰だ?
ステージ当日。
マスターから言われたのは、正面入り口からではなく、裏口から入ること。そしてそのまま地下の控え室に直行すること。これは一般客に Cyanの姿を見せないため。
それから仮面は、この店の中では絶対に外さない。万が一のことを考えて入店したらすぐ着用。
地下の控室前で待っていたのは、
「ナツ、久しぶりだな!」
ロングへアの髪を後ろで結び、左腕にはタトゥー。この人がマスター。本名は知らない。初めて会った時からマスターって呼んでいるから。
「お久しぶりです。」
久しぶりに会ったからか話が弾んだ。そして、
「今日はありがとうな。すぐに準備もしてもらって。」
今回、準備期間が短かった。連絡を受けてから本番まで1週間と3日。というか、ここ一か月ずっとバタバタだ。体育祭が終わってすぐに新曲投稿、その後にバンドフェス、つい先日にはバンドステージの見学、それで今日。タイトすぎ。
「大丈夫ですよ。」
「長ちゃんから聞いているか?その~、依頼主のこととか…」
「シュートという人からですよね。」
「本当に悪いな。俺もいつ知ったのか分からなくてよ。聞いてもCyanの歌を聞いてからって聞かねえんだ。すまん。」
マスターはこんな見た目だが、性格は優しい。ニコニコしていてどんな客にも話しかける。無口で周りからおっかないといわれている師匠とは正反対。よくこれで馬が合うなと思う。
この様子だと、本当にマスターも知らないんだ。
「あの、そのシュートという人はどちらに?」
すぐにシュートという人物を確認したかった。
「あいつなら…」
ー 「もしかしてCyan?」
通路の奥から声が聞こえた。すかさずパーカーのフードを深く被る。
…来た。おそらくこの人物がシュート。
黒髪のセンターパート、ピアスなんてインダストリアル開いているし、身長も高い。涼よりも高い。その外見からはとても高校生に見えない。
「今日はありがとう。俺はここでDJとして働いている、シュートって言います。よろしくね。」
そう握手を求められた。が、
「…よろしくお願いします。」
特に応じることもなく挨拶だけした。
「ステージまでまだ時間あるから控室で待っていてください。」
にこりと笑うとそのまま戻っていった。
「あいつがシュートだ。2年前からここでDJしている。ナツの2個上、高3だ。」
…愛想いい作り笑顔だな。
一瞬で分かった。本当の笑顔ってじわっとスポンジを絞るみたいに笑う。けれどあいつの笑顔は仮面だ。奥に何か黒いものが見えるような笑顔だった。俺と同じ笑顔。
「ステージだけ確認させてください。」
裏からステージと観客席を見る。
(意外と距離近いな・・)
最前列との距離わずか30cm。さすがクラブだな、狭い。客層は…うわ、バリバリ若者じゃん。10代~30代が多い。
んー…これは何かが飛んできそうな予感。
説明てまは、ステージ上では照明装置で顔はほとんど見えない。MCは極力せずにマスターに任せる。各には最影の一切禁止を伝え済み、とのこと。あとは音源の確認。
「それと、ここのクラブ、たまにヤジ飛んできたりするから気ィつけてな。」
あるのかぁ〜ッ。
なんとなく想像はついていたけれど。いざそういうことされると萎えるよなぁ。
「その時は俺とシュートが止めに入るからさ。」
「お願いします。」
おっかないよ、え、ヤジってどんな?へたくそ〜!とか?死ねぇ!とか?いや、さすがに
「死ね」は名誉棄損だよね。
あー、師匠の言っていた社会勉強になる、の意味が分かった気がする。こういう野外ブーイングに慣れろっつーことな。
時間までに練習とメイクを終わらせる。
もうすぐだな…。
いつものルーティンに移ろう。
ーーーーー………
この動作をすると、不思議と気持ちが冷静になる。違う自分になったような気分になる。
いつも通り、みんなに歌を届けよう。
「出番だ。」