泣きたい訳じゃない。
「こんにちは。」

彩華さんにお会いするのは兄の結婚式以来だ。

「こんにちは。益々お綺麗なお嬢さんになられて。」

母の言葉はお世辞ではない。私も同じことを思った。

「結婚も決まって、最も女性が輝く時だからな。」

兄は私を見ながら言った。
結婚が女の幸せなんて、ステレオタイプな考えだと思いつつも、憧れている自分がいるのも知っている。

「彩華も座ったら。」

真美さんが隣を空けると、膝に座っていた葵ちゃんが嬉しそうに笑った。

葵ちゃんも彩華さんには懐いていることに姉妹の仲の良さを感じる。

彩華さんが来たことで他愛のない談笑となり、私はホッとしていた。

「雅治、来週からバンクーバーに行くんでしょ。私も久しぶりに行ってみたいわね。街も変わったのかしら。」

バンクーバーは私達家族にとって、思い出深い街だから、母がその話題を出すのは自然な成り行きだ。

「変わってないよ。相変わらず、素敵な街だよ。俺もいつかまた住みたいぐらい。」

「莉奈、青柳さんともアポイントを取っているから。」

「青柳さん?」

彩華さんが思わぬところで反応する。

「あぁ、莉奈の会社の人。今、一緒に仕事をしていてね。」

「莉奈さんの会社って?」

「ワールド・ツーリズムという旅行会社です。彩華さん、青柳さんとお知り合いですか?」

高田ホテルズの御令嬢なのだから、拓海と面識があっても不思議ではない。

「はい。知り合いというか・・・。」

彩華さんが動揺している。
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