泣きたい訳じゃない。
「お兄ちゃんとの話は上手くいった?彩華さんのこと、何か言われた?」

兄は私にとっても、彩華さんよりずっと強敵だ。

「ビジネスは上手くいかせるよ。彩華さんの事は過去だから仕方ないけど、莉奈のことを泣かせるなって言われた。高田さんは俺たちの関係にとっくに気付いているよ。」

「やっぱり。契約書にはサインした?」

「それはまだだけど、大丈夫だから心配しないで。高田さんも複雑な立場なんだよな。」

兄は絶対に、契約書のサインと引き換えに、拓海に何かを要求した筈だ。

「そうだけど、私はお兄ちゃんが無理を言ったら、縁を切ってもいいと思ってるから。拓海も気を遣い過ぎないでね。」

私は本気でそう思ってる。兄に私の人生を支配されるなんて、絶対に嫌だから。

「確かに、莉奈のお兄さんだけあって、一筋縄では行かない人だよな。でも、何故だか、男としては憧れるんだよな、高田さんって。」

「私は拓海がお兄ちゃんみたいになったら、その時は嫌いになるから。」

「心配しなくても、俺にはなれないよ。でも、莉奈への想いだけなら負けない気がする。」

拓海はいつもこんな風に私にストレートに愛情を伝えてくれていた。
でも、一時期の私はそれを受け入れる心さえ、自分で閉ざそうとしていたんだと反省する。
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