訳アリなの、ごめんなさい
丁寧に詫びて、挨拶をすれば彼も立ち上がって、名乗ってくれた。
ノードルフ卿といえば貴族で知らぬ者はいない。貴族院を束ねる重鎮の一人だ。
白髪まじりの黒髪に背はあまり高くないが、それでも昔はなかなかの美丈夫だったのではないかと思える整った顔立ちをしている。
随分とやり手だとは聞いている。現にアリシアの採用はこの人の推薦なら間違いないと判断されたために叶ったといっても過言ではない、らしい。
それくらい王からも信頼があるということだ。
「殿下付きの特任騎士なれば、仕方が無いこと。むしろ妻の突然の誘いに時間を割いてもらってすまないね」
そう朗らかに笑ってノードルフ卿は、食事の用意が完了している卓を指して「まぁ座りなさい」と促すので、言われた通りに席に着く。
「今日はこの後、任務は?」
「明日の朝までは」
「そうか、ならばワインでもいかがかな?」
「ありがとうございます」
素直に受け入れると、彼は少し目を細めて、頷いた。
すぐにワインと前菜が運ばれてきた。
「うちの領地のワインでね。この年のは出来が良かったんだよ。あぁ感想はいらないよ、そんな事を考えながら飲むより味に集中して欲しいからね」
彼の領地であるセントアンドリュー地域は知らぬ者がいない、有名なワインの生産地である。言外に言わなくてもうちのワインは美味しいことは知っているからと、、、自信があるのだろう。
誇らしげにワインを勧められ、まず一口飲む。
たしかにその味は間違いなかった。
「そう言えば、アーシャもこの年のは本当に気に入っていたわね」
「そういえばそうだったな」
夫人とノードルフ卿が思い出したように笑いながら、今度差し入れで持って行こうかしら?それがいい!とやりとりを始めた。
そうしてしばらく、他愛もない話で食事が進んだ。
スープを飲み終え、魚料理が運ばれてくると、
ノードルフ卿が、給仕の者達に目配せをして、彼等を退室させた。
いよいよ本題、という事だ。
「君も、あの男。トランには会った事はあるね」
先程まで妻に向けていた優しげな視線を、厳しくした彼は、確認するようにこちらを伺った。
「はい、何度か、つい先日も晩餐会で声を掛けられました。」
「そうか」
沈痛な様子で侯爵は夫人と顔を見合わせる。
意を決したように夫人が口を開いた。
「あの男をアーシャに近づけてほしくないの。いずれ王太子宮を訪れるかもしれないわ。その時は、貴方に上手く計らっていただきたいのです」
縋るようなその様子に、今日自分が呼ばれた目的を理解することができた。
「ご婦人からお声をかけていただいたのは」
確認をすれば、彼女は大きく首を縦に振った。
「この事をお願いするためです。
こんな事を元婚約者の貴方にお頼みするのもおかしな話ですが。
私どもで今それをお願いできるのが貴方しかいないの」
突然こんな事を頼むのは申し訳ないが、背に腹は変えられない、そんな様子が夫人からも、その隣の侯爵からも伺えた。
「それには及びません。
王太子宮に住まれる方々をお守りするのが我ら騎士の役目でございますから。
それに、少し遅かったようで、、、」
少し言い淀むと、2人の顔が明らかに引きつった。
「実はこのところ、彼は王太子宮に来ています」
「なんてこと!」
事実を伝えれば、夫人の顔色がみるみる青くなった。
「あの子!昨日はそんなことは一言も」
唇を震わせて今にも泣き出さんばかりの夫人を侯爵が落ち着かせるように、背中をさすっている。
「ご心配をかけまいとしたのでしょう。昔から彼女は限界まで我慢してしまう所がありましたから」
とりなすようにそう言えば、夫人は「そうね、あの子なら、、、あぁ可愛そうに」などと呟きながら、どうにか落ち着いた。
そこで、この数日、トランがやってきてアリシアに合わせろと再三要求したものの、忙しい事を理由にお帰りいただいた事を伝えた。
「まぁ!じゃあ、あの子はあの男と顔を合わせていないのね?」
確認するように夫人に聞かれて、しっかりとうなずく。
「はい」
「あぁ~良かった!」
力が抜けたように夫人は夫の腕に捕まった。
心の底からほっとしたらしい。
「しかし、仮にも王太子宮に続けて訪ねて来るなど」
非常識にも程があると、侯爵が呆れたように息を吐く。
「どうやら舞踏会でもアリシアの姿を探していたようで、彼に居場所を聞かれ、会わせる段取りを組んで欲しいと言われました。
私は任務の途中だったので、それはできないと伝えると、「バラされてもいいのか」と、彼女に伝えるよう言われたのですが」
そこまで話すと、ガタンと夫人が腰を浮かせた。
一度落ち着いた顔色は悪く、少しばかり震えている。
「それを貴方は、、、」
唇を震わせながら問われ、首を横に振る。
「伝えていません。
私のこの時の職責には関わらないのでと、伝える事も約束しませんでした。」
「そう、よかったわ」
夫人は、力が抜けたように、へたりと椅子に座ったが、一呼吸も置かずに、今度は、何かに気がついたようにこちらをハッと見た。
「お願いです!この事は今後もあの子には!」
「言うつもりはありません」
キッパリと答える。
そんな事頼まれなくてもいう気は無かったのだが、一体何をこんなに彼女達は気にしているのだろうか?
ここまで顔色を変えて、こんな若輩者の男に縋るなど、ただ事ではない。
今度は自分が質問する番だと、勝手に決めた。
「ですが教えていただきたいのです。
なぜ奴があれほど彼女に執着するのか
そして、彼女があれほど怯えるのはどうしてです?」
背筋を伸ばして、二人を見れば、夫妻は顔を見合わせて何かを申し合わせるように頷いた。
夫人はどこか怯えていて、侯爵は険しい表情をしている。
何か深い事情があるのだろうことはすでに察していたが、今日彼らはアリシアとトランを近づけない事だけを自分に頼もうと思っていたらしい
そうしたら思いがけず、彼の動きが早くて大胆だった上、彼女の怯えている事をこちらが知っていたのだ。
おそらく現段階でも、全てを話すつもりが、この夫婦にないのは読み取れた。
ゆえに、彼らが口を開く前に、こちらから一石投じる事にした。
「あの発作はいったいなんなのです?私が幼少の頃から知る限り、彼女があんな発作を起こしたことは有りませんでした。」
誤魔化しは不要だと、視線に含めて彼らを見つめると、2人の動きがピタリと止まった。
まるで信じられないと言うように、こちらを唖然と見るのだ。
特に夫人はそのあとまた唇を震わせ始めた。
「発作を、起こしたのですか?アーシャが?」
蚊の鳴くようなか細い声で夫人が確認するように呟いた言葉に、しっかりとうなずく。
「2度ほど」
「2度も!」
夫人は悲鳴のように声を上げて慌てて口を手で覆う。明らかに狼狽えていたが、それでも涙を溜めた瞳でこちらをまっすぐに見つめていた
「幸いにも、彼女に対処法を聞いていたので大事には至っておりませんが、こうしたことが続けば」
「お役目を解かれてしまいかねないな」
言葉を遮って侯爵が唸った。
殿下の様子から、それはないと思うと、言いかけた時、まるでそんなのはどうでもいいと言わんばかりに夫人が声を上げる
「お待ちになって!あの子が貴方に対処法を教えたの!?」
実際のところ少し違うのだが、ここで王太子夫婦の私生活に触れるわけにはいかない。
「トランが初めて来た日、彼女が奴の姿を見てしまいました。その時が一番酷かったように思います」
それをどうやって止めたのかは口が裂けても言えないのだが。
「あんな辛そうな彼女を見てはいられません。どうにか力になりたいと思うのですが、なぜ彼女があんな事になるのか理由が分からないので、下手に手出しができなくて困っているのです。」
とにかく、彼女を守りたい、楽に生活をさせてやりたいその想いを素直にぶつけてみる事にした。
「なるほどなぁ、、、」
話を聞いて、侯爵が何やら納得したように、唸る。
「君は、アーシャとは幼なじみだったそして婚約者でもあった。
今でもあの子を気にかけていてくれている事には感謝する。
だが、ならばなぜ婚約破棄をしたんだい?」
少し責めるような口調である事は仕方ないだろう。アーシャから話を聞いていたのなら、この人達も、こちらからの婚約破棄だと思っていてもおかしくはない。
「それなのですが、彼女とも話していて不可解だと思ったので、色々と当時の事を確認してみたのですが、我が家からは破棄を申し入れておりません。
それどころか、お父上の喪が明けたら早々に話を進めようと思っていたのです。」
「なんだって!!」
「どういう事!?」
二人が同時に声を上げた。
そりゃあそうだろう。自分も知った時には随分と驚いたのだから。
「それが、我が家にしてみれば、突如あちらから、、ウェルシモンズ伯爵家から破棄の申し入れをされてきたと。私は士官学校の卒業を間近に控えておりましたのでこれは母から聞いた話なのですが。
理由も聞いても教えてもらえず、彼女と会うことも叶わず、他に好きな相手でもできたのだろうかと、こちらは納得出来ないままそれでも彼女が望むならと破棄に同意したという事のようです。」
「でも、アーシャは貴方から破棄の申し入れがあったらしいと!」
たしかにそう聞いていると、抗議する夫人。
しかしその隣の夫であるノードルフ卿は、顎下に手を当て何かを考え出した。
そして、忌々し気に口を開いた。
「そう言うことか、、、やつらどこまでも汚い手を」
その言葉を聞いて夫人がハッとした顔で夫を見る。
「まさか、それも彼らの仕業というの!?」
「可能性は高いだろうなぁ」
落ち着けと、婦人の背を撫でながら、侯爵は頷いた。
じっと二人を見つめるブラッドに、まだ色々が受け入れられず胸を抑えている夫人、そしてまた何かを思案し始めた侯爵。
しばらく3者の間に沈黙が落ちた。
「ブラッド君」
しばらくの後、侯爵がこちらをしっかりした瞳で見据えた。
「君は、アーシャのことをどう思っているんだい?一度は婚約した、放って置けない幼なじみなのか?
もしくは」
侯爵が言葉を切った。こちらの出方を探るように瞳をわずかにすがめた。
自然と背筋を伸ばす。
「私は、彼女に結婚を申し込もうと思っております。もとより私は彼女以外の女性を妻に迎えるつもりはありませんでしたから。この年まで独身でいた事がその証明になるかと」
真っ直ぐに、侯爵の思慮深い瞳を睨み返した。
夫人が息を飲むのが分かった。
どれくらいの時間だろうか、しばらく男同士、視線の探り合いが続いた。
はじめに視線を逸らしたのは侯爵だった。
「ならばこの話を他言することは無いと信じて、君に任せてみようか?」
諦めたというより、腹を括ったと言う様子で、侯爵は深く息を吐いた。
「あなた!!」
しかし今度は、非難するように夫人が立ち上がる。
それを彼が厳しい視線で止めると、首を振る。
「どちらにしろ私たちでは守り通せないかもしれないのだ。もし彼が手を貸してくれるのならば光はある。」
妻を言い含めるように侯爵は頷く。
そして、彼女の肩を優しく包んだ。
「光ですか?」
どういう事なのか分からず眉を寄せる。
「あぁそれについても説明しよう」
侯爵は大きく頷いて、そしてワインを飲み干した。
ノードルフ卿といえば貴族で知らぬ者はいない。貴族院を束ねる重鎮の一人だ。
白髪まじりの黒髪に背はあまり高くないが、それでも昔はなかなかの美丈夫だったのではないかと思える整った顔立ちをしている。
随分とやり手だとは聞いている。現にアリシアの採用はこの人の推薦なら間違いないと判断されたために叶ったといっても過言ではない、らしい。
それくらい王からも信頼があるということだ。
「殿下付きの特任騎士なれば、仕方が無いこと。むしろ妻の突然の誘いに時間を割いてもらってすまないね」
そう朗らかに笑ってノードルフ卿は、食事の用意が完了している卓を指して「まぁ座りなさい」と促すので、言われた通りに席に着く。
「今日はこの後、任務は?」
「明日の朝までは」
「そうか、ならばワインでもいかがかな?」
「ありがとうございます」
素直に受け入れると、彼は少し目を細めて、頷いた。
すぐにワインと前菜が運ばれてきた。
「うちの領地のワインでね。この年のは出来が良かったんだよ。あぁ感想はいらないよ、そんな事を考えながら飲むより味に集中して欲しいからね」
彼の領地であるセントアンドリュー地域は知らぬ者がいない、有名なワインの生産地である。言外に言わなくてもうちのワインは美味しいことは知っているからと、、、自信があるのだろう。
誇らしげにワインを勧められ、まず一口飲む。
たしかにその味は間違いなかった。
「そう言えば、アーシャもこの年のは本当に気に入っていたわね」
「そういえばそうだったな」
夫人とノードルフ卿が思い出したように笑いながら、今度差し入れで持って行こうかしら?それがいい!とやりとりを始めた。
そうしてしばらく、他愛もない話で食事が進んだ。
スープを飲み終え、魚料理が運ばれてくると、
ノードルフ卿が、給仕の者達に目配せをして、彼等を退室させた。
いよいよ本題、という事だ。
「君も、あの男。トランには会った事はあるね」
先程まで妻に向けていた優しげな視線を、厳しくした彼は、確認するようにこちらを伺った。
「はい、何度か、つい先日も晩餐会で声を掛けられました。」
「そうか」
沈痛な様子で侯爵は夫人と顔を見合わせる。
意を決したように夫人が口を開いた。
「あの男をアーシャに近づけてほしくないの。いずれ王太子宮を訪れるかもしれないわ。その時は、貴方に上手く計らっていただきたいのです」
縋るようなその様子に、今日自分が呼ばれた目的を理解することができた。
「ご婦人からお声をかけていただいたのは」
確認をすれば、彼女は大きく首を縦に振った。
「この事をお願いするためです。
こんな事を元婚約者の貴方にお頼みするのもおかしな話ですが。
私どもで今それをお願いできるのが貴方しかいないの」
突然こんな事を頼むのは申し訳ないが、背に腹は変えられない、そんな様子が夫人からも、その隣の侯爵からも伺えた。
「それには及びません。
王太子宮に住まれる方々をお守りするのが我ら騎士の役目でございますから。
それに、少し遅かったようで、、、」
少し言い淀むと、2人の顔が明らかに引きつった。
「実はこのところ、彼は王太子宮に来ています」
「なんてこと!」
事実を伝えれば、夫人の顔色がみるみる青くなった。
「あの子!昨日はそんなことは一言も」
唇を震わせて今にも泣き出さんばかりの夫人を侯爵が落ち着かせるように、背中をさすっている。
「ご心配をかけまいとしたのでしょう。昔から彼女は限界まで我慢してしまう所がありましたから」
とりなすようにそう言えば、夫人は「そうね、あの子なら、、、あぁ可愛そうに」などと呟きながら、どうにか落ち着いた。
そこで、この数日、トランがやってきてアリシアに合わせろと再三要求したものの、忙しい事を理由にお帰りいただいた事を伝えた。
「まぁ!じゃあ、あの子はあの男と顔を合わせていないのね?」
確認するように夫人に聞かれて、しっかりとうなずく。
「はい」
「あぁ~良かった!」
力が抜けたように夫人は夫の腕に捕まった。
心の底からほっとしたらしい。
「しかし、仮にも王太子宮に続けて訪ねて来るなど」
非常識にも程があると、侯爵が呆れたように息を吐く。
「どうやら舞踏会でもアリシアの姿を探していたようで、彼に居場所を聞かれ、会わせる段取りを組んで欲しいと言われました。
私は任務の途中だったので、それはできないと伝えると、「バラされてもいいのか」と、彼女に伝えるよう言われたのですが」
そこまで話すと、ガタンと夫人が腰を浮かせた。
一度落ち着いた顔色は悪く、少しばかり震えている。
「それを貴方は、、、」
唇を震わせながら問われ、首を横に振る。
「伝えていません。
私のこの時の職責には関わらないのでと、伝える事も約束しませんでした。」
「そう、よかったわ」
夫人は、力が抜けたように、へたりと椅子に座ったが、一呼吸も置かずに、今度は、何かに気がついたようにこちらをハッと見た。
「お願いです!この事は今後もあの子には!」
「言うつもりはありません」
キッパリと答える。
そんな事頼まれなくてもいう気は無かったのだが、一体何をこんなに彼女達は気にしているのだろうか?
ここまで顔色を変えて、こんな若輩者の男に縋るなど、ただ事ではない。
今度は自分が質問する番だと、勝手に決めた。
「ですが教えていただきたいのです。
なぜ奴があれほど彼女に執着するのか
そして、彼女があれほど怯えるのはどうしてです?」
背筋を伸ばして、二人を見れば、夫妻は顔を見合わせて何かを申し合わせるように頷いた。
夫人はどこか怯えていて、侯爵は険しい表情をしている。
何か深い事情があるのだろうことはすでに察していたが、今日彼らはアリシアとトランを近づけない事だけを自分に頼もうと思っていたらしい
そうしたら思いがけず、彼の動きが早くて大胆だった上、彼女の怯えている事をこちらが知っていたのだ。
おそらく現段階でも、全てを話すつもりが、この夫婦にないのは読み取れた。
ゆえに、彼らが口を開く前に、こちらから一石投じる事にした。
「あの発作はいったいなんなのです?私が幼少の頃から知る限り、彼女があんな発作を起こしたことは有りませんでした。」
誤魔化しは不要だと、視線に含めて彼らを見つめると、2人の動きがピタリと止まった。
まるで信じられないと言うように、こちらを唖然と見るのだ。
特に夫人はそのあとまた唇を震わせ始めた。
「発作を、起こしたのですか?アーシャが?」
蚊の鳴くようなか細い声で夫人が確認するように呟いた言葉に、しっかりとうなずく。
「2度ほど」
「2度も!」
夫人は悲鳴のように声を上げて慌てて口を手で覆う。明らかに狼狽えていたが、それでも涙を溜めた瞳でこちらをまっすぐに見つめていた
「幸いにも、彼女に対処法を聞いていたので大事には至っておりませんが、こうしたことが続けば」
「お役目を解かれてしまいかねないな」
言葉を遮って侯爵が唸った。
殿下の様子から、それはないと思うと、言いかけた時、まるでそんなのはどうでもいいと言わんばかりに夫人が声を上げる
「お待ちになって!あの子が貴方に対処法を教えたの!?」
実際のところ少し違うのだが、ここで王太子夫婦の私生活に触れるわけにはいかない。
「トランが初めて来た日、彼女が奴の姿を見てしまいました。その時が一番酷かったように思います」
それをどうやって止めたのかは口が裂けても言えないのだが。
「あんな辛そうな彼女を見てはいられません。どうにか力になりたいと思うのですが、なぜ彼女があんな事になるのか理由が分からないので、下手に手出しができなくて困っているのです。」
とにかく、彼女を守りたい、楽に生活をさせてやりたいその想いを素直にぶつけてみる事にした。
「なるほどなぁ、、、」
話を聞いて、侯爵が何やら納得したように、唸る。
「君は、アーシャとは幼なじみだったそして婚約者でもあった。
今でもあの子を気にかけていてくれている事には感謝する。
だが、ならばなぜ婚約破棄をしたんだい?」
少し責めるような口調である事は仕方ないだろう。アーシャから話を聞いていたのなら、この人達も、こちらからの婚約破棄だと思っていてもおかしくはない。
「それなのですが、彼女とも話していて不可解だと思ったので、色々と当時の事を確認してみたのですが、我が家からは破棄を申し入れておりません。
それどころか、お父上の喪が明けたら早々に話を進めようと思っていたのです。」
「なんだって!!」
「どういう事!?」
二人が同時に声を上げた。
そりゃあそうだろう。自分も知った時には随分と驚いたのだから。
「それが、我が家にしてみれば、突如あちらから、、ウェルシモンズ伯爵家から破棄の申し入れをされてきたと。私は士官学校の卒業を間近に控えておりましたのでこれは母から聞いた話なのですが。
理由も聞いても教えてもらえず、彼女と会うことも叶わず、他に好きな相手でもできたのだろうかと、こちらは納得出来ないままそれでも彼女が望むならと破棄に同意したという事のようです。」
「でも、アーシャは貴方から破棄の申し入れがあったらしいと!」
たしかにそう聞いていると、抗議する夫人。
しかしその隣の夫であるノードルフ卿は、顎下に手を当て何かを考え出した。
そして、忌々し気に口を開いた。
「そう言うことか、、、やつらどこまでも汚い手を」
その言葉を聞いて夫人がハッとした顔で夫を見る。
「まさか、それも彼らの仕業というの!?」
「可能性は高いだろうなぁ」
落ち着けと、婦人の背を撫でながら、侯爵は頷いた。
じっと二人を見つめるブラッドに、まだ色々が受け入れられず胸を抑えている夫人、そしてまた何かを思案し始めた侯爵。
しばらく3者の間に沈黙が落ちた。
「ブラッド君」
しばらくの後、侯爵がこちらをしっかりした瞳で見据えた。
「君は、アーシャのことをどう思っているんだい?一度は婚約した、放って置けない幼なじみなのか?
もしくは」
侯爵が言葉を切った。こちらの出方を探るように瞳をわずかにすがめた。
自然と背筋を伸ばす。
「私は、彼女に結婚を申し込もうと思っております。もとより私は彼女以外の女性を妻に迎えるつもりはありませんでしたから。この年まで独身でいた事がその証明になるかと」
真っ直ぐに、侯爵の思慮深い瞳を睨み返した。
夫人が息を飲むのが分かった。
どれくらいの時間だろうか、しばらく男同士、視線の探り合いが続いた。
はじめに視線を逸らしたのは侯爵だった。
「ならばこの話を他言することは無いと信じて、君に任せてみようか?」
諦めたというより、腹を括ったと言う様子で、侯爵は深く息を吐いた。
「あなた!!」
しかし今度は、非難するように夫人が立ち上がる。
それを彼が厳しい視線で止めると、首を振る。
「どちらにしろ私たちでは守り通せないかもしれないのだ。もし彼が手を貸してくれるのならば光はある。」
妻を言い含めるように侯爵は頷く。
そして、彼女の肩を優しく包んだ。
「光ですか?」
どういう事なのか分からず眉を寄せる。
「あぁそれについても説明しよう」
侯爵は大きく頷いて、そしてワインを飲み干した。