訳アリなの、ごめんなさい
「まずは、アーシャと、トランいや彼だけではない彼の母ベルーナの関係だが。
彼らがウェルシモンズ家にやってきたのは、アーシャが17の頃だったか?」

そう言って侯爵は側の妻を一度気にする。

夫人が先程より落ち着いた事を確認し、再度話を続けた。

「私達もアーシャから聞いた話だが、一緒に住み出して半年ほど経った頃から、奴らは父であるエルドナ氏がいない時を狙い、彼女を虐待していた」

アリシアの様子を見ていて、そうした事があったのではないかと、なんとなしに覚悟はしていたが、実際に事実を告げられて、思わず息を飲む。

「それは、どういう。」

思いの外かすれた声が出た。


しかしその問いに侯爵は首を振る。


「わからない。私たちが一年半の後にアーシャを救い出した時、あの子の身体は痩せて、無数の痣と鞭傷があった。」

そうだな?と夫人を見ると、彼女は思い出したくもないというように涙を溜めた瞳を逸らした。

口の中が、乾いていくのがわかった。

発作の中で彼女が仕切りに謝っていたのを思い出す。
あれは、そう言う事だったのだ。


怒りでグラスに添えた手が震えて、さりげなく手を離した。

あれほど怯えて、発作を起こすまでに、彼らは何をしたと言うのだ。
そういえば、晩夏でもまだ暑い日もあると言うのに彼女はいつも上に薄手の羽織を着ている。

今すぐにこの家を出て、奴の邸宅に乗り込みたい衝動に駆られるが、ゆっくり息を吐いてこらえた。

こういう時に士官学校に行っていて良かったと思う。感情のコントロールは騎士にとって最重要な資質だ。



「それで、ノードルフ卿が後見に?」

「そうだ。
傷も癒えて随分と元気になってきて、本人がいつ出て行くとも言い出しかねないと懸念していたところに、今回の話があったから、彼女を推薦してみた」

「なるほど」

流れについては理解できた。アリシアの性格ならば自立の道を模索するのも分かる。

頷くと、ノードルフ卿はダンッと机を拳で叩いた。

「しかし、それが裏目にでた!」

忌々しそうに、彼は吐き捨てた。まるで自らを責めているような様子だった。

「やつら、いや、奴だけかもしれんが、
あの子が私たちの領地を出て手元を離れる時を狙っていたのだ!
そして昨日、晩餐会で奴は身の程も弁えず、私にこれを突きつけてきた」


そう言って、侯爵は胸のポケットから3つ折になった一枚の紙を出し、差し出してきた。



開いて、読んで、それを握り潰しそうになって、慌てて返した。

なんだこれは、、、。これでは彼女は、、、。

テーブルの上で固く拳を握った。

そうでもしていないと、じっと座っていられない。侯爵と同様にテーブルを叩いてしまいそうだ。

書かれていたのは、ノードルフ侯爵が彼女の後見であることへの異議申し立てをしたという弁護士からの通知だった。

ある日突然、脅すようにアリシアの後見人を譲る書類にサインをさせられ、大切な妹を奪われた。
それだけでなく、彼女が結婚適齢期にも関わらず、王宮に勤めに出され、彼女の得る賃金をせしめようとしている。
叔母に騙された可哀想な妹を一刻も早く救い出したい

そんな、ふざけた内容だった。


「つくづく下衆な男だ!」

「同感です」

低く毒づく侯爵に、同意を示して頷く。

「昨日、今日と2日この事でこちらの弁護士に相談していたのだが、このままではさらに厄介な事になるらしい」

「といいますと?」


「どちらも引かねば裁判になる。もちろん我々は引く気はない。だがそうなると、奴らの所行を証明することが必要になる。
そうなってしまえば、、、」

「アーシャも証言しなければならない、ということでしょうか?」

引き継いだ言葉に、侯爵は頷いた。
そして、さらに顔を歪めて声を絞り出した。

「それだけではない。貴族の裁判だ。それが世間に知られる事になるだろう。」


ガツンと頭を殴られたような、衝撃を受けた。


侯爵家と伯爵家が1人の娘を巡って争う。しかもその女性は王太子妃のお世話係で、不遇の生い立ち
当然彼女の半生も調べ上げられて面白おかしく新聞などは書き連ねるだろう。

アリシアにとって、どちらも地獄だ

ゆらりと目の前に黒い影が差した。

一層のこと、このままやつを殺してしまった方が良いのではないか?

そうすれば丸く治るのではないか?そこまで考えて

ふぅっと大きく息を吐くと、自身の拳を見つめた。

幸い自分にはその力がある

主人である殿下には迷惑をかけるかもしれない

しかし、自分1人の犠牲で彼女を解放できるのなら

そこまで考えた所で、こちらの考えを読んだのか、侯爵が一際大きく咳払いをした。

ハッと見上げると、彼は早まるなと言わんばかりに首を振る。

「ひとつ方法が見つかったかもしれん」

言い聞かせるように言われて、跳ねるように背筋を正した。

「なんですって?」

夫人が気色ばんだ様子で夫を見る。
彼女が知らないところを見ると、どうやら彼は今それに思い至ったらしい。

侯爵はゆっくり二人を見比べてそして口を開いた。

「アーシャを嫁にやってしまえばいいのだ。他家に嫁がせたならば、後見なんてあってないようなもの。そんな事で争う必要もなければ、離縁しない限り奴らの手に戻る事はない。現段階ではうちが彼女の後見人だ。結婚の申請はできる」

最後の方は彼の口角が上がっていた。

「たしかにそうだわ!でもあの子の意思は?」

不安そうなその声は、はやりアリシアの叔母として、彼女を尊重したいという想いが含まれている。

「そこは説得する必要があるだろうな、しかし、時間もない君はどうする?」

試すような視線を向けられ、何の迷いもなく頷いた。


「もとより求婚するつもりでおりましたので、そうであれば好都合です。」


「あなたのご実家は?お隣の領地ですもの、彼らと関わりたくないのではないの?」

心配そうに聞いてくる夫人に、首を横に振って見せる。

「後見人がノードルフ侯爵家であれば問題ないと言われております。また、母からは早く嫁にもらって来いと言われていますから問題ありません」


「すでに根回し済みか?本気だっだらしいな。ならば安心だ。一番はアーシャ次第だが、そこは君に任せるしかないだろう」

感心したように侯爵は笑って、承知の意を示した。


「きっと大丈夫よ!あの子はまだ貴方を思っているわ。だから、根気よく説得して頂戴!」

夫人には縋るように言われて、

説得が必要なのかと、不思議に思うがそこは彼女の心の傷もあるのだろうか

「お任せください」としっかりうなずく。
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