訳アリなの、ごめんなさい
私が兄の玩具になってすぐ。

父が事故死した。

帰国途中、列車が脱線して多くの乗客と共に巻き込まれたらしい。

父の葬儀を事故先の国境の街で終え、絶望感の中、帰宅をして数日。

もたらされたのは、ブラッドからの婚約破棄だ。

父を失った今、家を継ぐのは異母兄であるトランだ。父が生きてこそすれ、評判の悪い彼らと姻戚関係など持ちたくないのだろう。

ただでさえ隣の領地なのだ。



「他に好きな女ができたのでしょうよ、こんな田舎のつまらない娘より王都はもっと美しい令嬢もいるのでしょうから」

高笑いをしながらベルーナが書状を暖炉に投げ込んだ。

「まぁあんたは他にもっと金のある貴族か商家の爺さんにでも売ってやるから、安心なさい!」


嬉しそうにニヤニヤ笑う彼女と、同じような顔をした異母兄。

絶望感の中に少し安堵が交じった。

兄の玩具になってしまった私には彼に嫁ぐ資格はない。

彼に知られず良かった。



そこから私はただただ息をしているだけの人形だった。

継母からの暴力はエスカレートして、理由をつけてはあの大男に私を捕まえさせて、満足がいくまで鞭をうつ。


そうして、ぐったりと部屋にこもっていれば、夜には異母兄がやってきて、彼の欲のままに無理やり口内を侵される。

幸いにも彼は、それ以上の事を望まなかった。

曲がりなりにも血の繋がった妹である事を気にしているのかと思ったが。

次第にそれは違う事を理解した。

彼はしたかったのだ。

しかしそれはベルーナがきつく止めていたからだと後から理解した。

自分達の浪費で我が家の財政は悪くなる一方だった。

そこで彼女が狙っていたのはどこか財力のある貴族に私を嫁がせる事だった。

しかし、トランに私の純潔が奪われれば、それも無に帰す。それだけは絶対ならないと彼に釘をさし、かわりに自慰を手伝わせることは容認した。

私が嫁いだ後でも、これをネタに私を揺すり、婚家から金を流させる計算だったのだろう。

それに気づいた時、私は心底安心した。

もしブラッドと結婚していてたら、彼の家にずいぶん迷惑を掛けていただろう。



そんな人形のような生活を1年ほど過ごしていると、私の便りがないことを心配した叔母が、母の墓参りと称して訪ねてきてくれたのだ。

ベルーナは歓迎しなかったが侯爵夫妻を無碍に追い返すこともできなかったらしい。


そこで叔母は随分と痩せた姪を見て驚いた。

問いただされても、何もないと言って、お医者に見せるべきと言われ、やめてと抵抗した。
おかしいと思った夫婦は、ベルーナの目を掻い潜り、無理やり私を馬車に乗せて医者へ連れて行った。

そこで分かったのは、背中に残った無数の鞭傷と手足を縛られた跡や複数の痣だった。

新しいものから古いものまで、見えないところに無数にあった。

「なぜこんな事を!姉様が慈しんでいたあなたがこんな思いをしていたなんて。」

叔母に泣かれて、いよいよ隠せなかったわたしは、継母の暴力について全てを話した。

話していく内に、2人の顔がどんどん険しくなって、話終えた頃には、2人とも怒りで震えていた。


ちょうどその頃、叔母達に無理やり連れ出された私を追って家の者がやってきた。

家人には叔父が対応した。

「当主と母上を連れてこい」と、彼等を睨め付ければ、侯爵に逆える者などいなかった。


やってきたベルーナは必死だった。

「彼女の体を改めました、あの痣や傷はどういう事か説明してもらおう」

威厳たっぷりに問いただす叔父に対して、ベルーナは震えながら弁明した。

「父と兄を亡くして錯乱して自分を傷つけるので縛っていることが」

「背中を自分で傷つけられるわけがあるまい!もっとまともな嘘をつけ!」

叔父が一括すると、それ以上彼女は何も言えなくなった。

「お前たちの元に彼女は置いておけない!うちで預かる。ウェルシモンズの名は義兄上や義姉上との関係もあるが、今後一切の彼女の後見はうちで見る。分かったな!」


「そんな!」

低く告げられた叔父の言葉に、ベルーナは抗議の声を上げた


「当然だ!お前達が同意しないならば、この事実を公表するまでだ!おい!」

叔父の呼びかけで、ノードルフ侯爵家の事務官がサラリと2枚の紙を差し出した。

私の後見を変更する書面だった。やり手の彼は、継母達を待つ間に準備をさせていたらしい。


「書きなさい。」

そう言って、今まで一言も話していなかったトランにその紙を突きつけた。

しかし、ふてぶてしいトランはなぜかその段になってもニヤニヤと笑っていた。

嫌な予感がした。


「公表されたら困るのはそちらだけど大丈夫なの?」

「なに?」
低く唸る叔父に、彼は勝ち誇ったような笑みを浮かべて、そしてこちらに視線を移した。

「なぁアーシャ?」


びくりと体が震えた。

やめて、、声に出そうと思ったのに、その言葉は喉の奥に詰まって出てこなかった。


「まだ何かあるのか?」
叔父は苛立ちを抑えた声でトランを睨みつける。

「あるある、大有りだよ」
勝ち誇ったように笑って、トランは両手を広げた。

やめて

「こいつ、もう嫁にもいけないだろうなぁ」


「まさか!!」

叔父と叔母が気色ばんで、私を見る。

汚い娘だと、思われているのだろう。

私は絶望的な気分になった。

もうやめて!

叫び出したい。でも声は出なかった。

なおもトランは饒舌に話を続ける。

「お前がいなくなったら夜がさみしくなるなぁ。誰が俺を満足させるんだ?なぁアーシャ」


「もぅやめて!!」

ようやく声が出た。
もう遅い、、、
消えてしまいたい。

トランの高笑いが異様なほど部屋に響いて

叔母が守るように私を抱きしめた。


「ゲスが!」
叔父の下品な言葉を初めて聞いた。

ギュッと叔母にきつく抱きしめられる。

「お待ちなさい」

そして静かに彼女は声を発した。私を抱きしめながら、怒りに震えている。

「もし今言われたことが本当なら近親の罪ね。しかも、一方的な暴行罪も、適応されるのではないかしら?」


「まぁそうなるだろうね!」

叔母を女だと舐めているトランはだからどうしたと顎をしゃくる。

「あなた、この国の法律をしっていて?
当然お勉強なさってると思うのだけど?
これをこちらが申告したら、あなた爵位を失うわよ?いいのかしら?」


ハッと後ろのベルーナが息を飲んだ。

しかし肝心のトランはどこ吹く風だ。

「そうだろうね。だけど、そうしたらあんたの姪は」

「えぇそうね。好奇の目にさらされるでしょうよ。
アーシャはすぐにうちの領地の修道院に入れるわ。その方がここにいるよりも何百倍もマシでしょう?そうなればそんな不躾な目に晒される事もないでしょ?さて。貴方はどうなさる?」


「チッ」

舌打ちと共にトランが何やら失礼な悪態をモゴモゴと言っている。


「分かったわ!」

突然ベルーナが声を上げた。

「母さん!」

抗議するように振り返ったトランに、ベルーナはゆっくりと頷く。
その瞳は癇癪を起こしたときのようにギラギラと燃えていた。

「トラン、サインなさい。伯爵の身分を取られるよりマシよ。」

吐き捨てるようにそう言うと、彼女はトランに「早くなさい!」と怒鳴り散らす。



こうなった彼女を止めるのは至難の業だ。
もう一度舌打ちをしたトランは、忌々し気に事務官から書類を取り上げて渋々雑なサインした。


「これでもうお前達からは彼女の一切に口をだせないからな。一切関わるな」


叔父が言い捨てて彼らを返す。

ゾロゾロと叔父の護衛達が、護るように私たちの前に立ちはだかり、彼らを追い出した。

「とにかく、領内は危険だ、すぐに離れよう。」

そう言った叔父は、流石と言うべきか。すでに馬車も手配していた。

すぐに馬車に乗せられ、私は故郷の街を後にした。




叔父の計らいで、馬車の中ではおばと2人きりだった。


「まさかこんな事が、おかしいと思ったの、ストラッド伯爵家との婚姻の準備が整わないから何かあったのかと思ってきてみたら、、、もっと早くに来るべきだったわ、ごめんなさいね」

私の肩を抱いたまま、何度も涙を流して詫びる叔母。
彼女にも辛い思いをさせてしまった事に申し訳なく思う。


「ブラッドとの婚約は先方から破棄されたわ」

「そう。ブラッドはいい青年だったのに残念ね。とにかく我が領地に帰ったらすぐお医者にいきましょう。栄養をとって、傷を治さないと。あと、検査もしないとね」

「検査?」

何の検査だろうかと首を傾げる。傷ならば先ほど町医者に診てもらっているはずだ。


叔母は言いずらそうに視線を泳がせて、しかし意を決して口を開いた。

「子供ができていないかよ、大切な事だわ。
最後、あの男とはいつ?」


「え?」
叔母の言わんとしていることがなんとなく理解できて、わたしは困惑した。

「言いたくないのはわかるけど、大事なことよ!」



「そ、、それはないわ大丈夫よ?」
慌てて否定するが、叔母は必死だ。

「月のものが今きているの?」

「ち、違うけど」

「なら調べましょう!」

ようやく頭がついてきたわたしは、叔母の勘違いを理解した。

「おばさま、あのわたし、彼にはその、、、口だけで」


「え?」

「その最後までは」

なんといえばいいのか、とにかく純潔であることは伝えねばと必死だった。

私の言いたかった事を徐々に理解した叔母の身体から力が抜け、途端に抱きしめられた。


「良かった、あぁよかったこと!」
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