訳アリなの、ごめんなさい
身体を離した彼は、丁寧に私の涙を拭くと、愛しいものを確認するようにあちらこちらに唇を落とした。

ゆっくりと。口づけが下に下に降りるに従って
胸の前に祈るように組んだ手に力が入る。

それを彼が柔らかく包んでほぐすと、両手をベッドに縫い止めるように握る。

見上げると、すぐ近くに彼の顔があって、啄むような口づけが降りてきて、次第にそれが深いものに変わっていく。

以前されたような強引なものでなく。ねっとりと口内を探るように彼の温かな舌が侵入してくる。

固まる私の舌に彼の舌が絡み、ぬるぬると滑っていくその感覚に、頭がぼうっとして、彼にされるがままに口の中を侵されていた。


「っは、ぁ」

彼の唇が離れて、どちらのものともわからない透明な糸が余韻を残すように消えていく。

久しぶりに入る新鮮な空気を吸い込むと、思いがけず熱っぽい吐息が漏れた。


握られていたはずの左手が、いつのまにかにかシーツを握らされて、そこにいたはずの彼の右手がやわやわと夜着ごしに私の身体のラインを確かめるように動いていた。

そしてその手がウエストの辺りで止まると

シュルリと、軽快な衣擦れの音が響いて、ヒヤリと外気を肌に感じて私はビクリと身体を震わせた。

「ま、まって!」

慌ててシーツを握っていた方の手で、はだけかけた夜着の合わせを抑える。

「待てない」
耳元で囁かれた、熱い吐息まじりの彼の声が脳に響いて、思わず緩みそうになる手に、力を入れる。

彼が顔を上げた。
少し傷ついたような瞳で見られて、思もわず視線を逸らせた。


「傷が、あるの。叔父から聞いたでしょう。だから、あまり、見ないで」

こんな事を言わなければならない事が惨めで、彼に目を背けられるのではないかと怖くて。
夜着をつかむ手に力が入った。

「なんだ、そんな事か」

どこかホッとしたような声が降ってきて、私は驚いて、彼を見上げた。

「やっぱり無理だと言われるのかと思った」

心の底から安心したように彼は笑って、夜着をつかむ私の手に、その大きな手を添えて、指を絡めた。


「そんなもの、大した問題じゃないよ」


言うと同時に、半ば強引に彼は私の手ごと夜着を払った。

ヒヤリと外気が先ほどより広範囲にわたしの肌を冷やすのが分かった。

一瞬何が起こったか分からない私が、理解した時には、彼の視線がしっかりと私の体を捉えた後で

「すごく綺麗だ」

熱を含んだ瞳で、嬉しそうに微笑まれて、ついにわたしは涙を堪えられなくなった。
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