訳アリなの、ごめんなさい
「寒っー」

窓を開けると朝の風はずいぶん冷えた,

ぶるりと震えて身体をさすると、慌ててガウンを一枚羽織った。


寒い季節の到来を知らせるこの時期特有の空気は嫌いじゃない。

それでもこの空気が、なんとなく寂しく感じて、窓を閉めた。


暖かい紅茶でも飲もうかしら。

リラはもう起きていて、朝食や身支度を急かすのは忍びないから寝室に運んでもらった。

中庭を見ながらソファに身体を預けて温かいお茶に口をつける。


今日は、妃殿下について孤児院と治療院の視察の予定だ。


冬を前に妃殿下の公務も増えて、忙しくなってきた。


ブラッドも、ここ最近は、殿下が様々な祭典に招待されているため視察を兼ねて出かけている事が多いため、護衛として付いていくことがほとんどだ。

どれくらいまともに話していないのだろうか?


顔は、見ている。

王都周辺の視察が多い妃殿下と違い、遠方も出かける殿下の帰りは深夜になる事も多く、夜中に目を覚ますと、彼が隣に寝ていることが時々あった。それなのに次に起きた時にはもういなかったり、寝入っていて、しばらく寝かせておこうと思ったりして、図書室や妃殿下のご機嫌伺いなど用事を済ませて戻ると、いなくなっていたり、とにかく起きている彼に会っていないのだ


ただそれに少し安堵している自分もいる。

実のところ、彼と初夜を迎えてから。一度もまだそうしたタイミングがない。

結婚式自体、こうして忙しくなる前にと無理やりねじ込んだので無理もないのだが、

冷静になると、あんな恥ずかしい事をまたするのかと、正直気後れしているのだ。

それにあんな風に大切そうに扱われてしまったら、彼への気持ちが強くなってしまいそうなのも怖い。



髪くらい整えようかと鏡の前に立ち、あっと鎖骨の辺りをなでる



彼が来るたび増えるのだ

おそらく寝ているうちにつけていく

彼のものだと言う証。

それでも新しいものは3日前のもので、少し黄色味が増している。

ゆっくりなぞって、深い息を吐く



なんだかリビングの方が騒がしいなぁ

朝食の準備が始まっただろうか。と思い戸口を見た時


バタンと勢いよく扉が開いた。

「ブラッド!」

儀礼用の騎士の制服に身を包んだブラッドが立っていた。

「起きていたか!」

嬉しそうに目を輝かせるその彼の目の下は隈ができている


あぁそうか。
2日前地方の祭典に出向いていて、晩餐会を終えてから帰都する予定だったはずだ。

どうやら今戻ったらしい。

「おかえりな、ちょ!きゃァ!!」

扉を閉めるなり、彼はズンズン近づいてきたかと思うと、ひょいと持ち上げられて、そのままベッドへ運ばれた。

「ちょっと!」

柔らかいベッドに少々乱暴に下ろされて、抗議しようと上体を起こすが


「あ~アーシャだ」


腰に巻きついた彼が、そのまま甘えるように擦りついていきた。

身体が冷たい、こんな寒い中を馬で戻ってきたのだろう。


しかしそんな事を彼は気にもとめていないようで。

時々大きく深呼吸して。

「アーシャの香り」

と嬉しそうな言葉を漏らす。

どうやら相当疲れているらしい。

少し壊れている。


まぁ無理も無いだろう。とため息を吐く。
このところ彼は本当に激務なのだ。

こうして帰ってきても、今日は、午後から王都の外れの灌漑設備を視察しに行く予定だったはずだ。本当にハード

仕方なく、目の前にある彼の髪をなでる。


「少しでも寝たら?」

きっとこうして来たのは束の間の仮眠の時間なのだろう
こんなに疲れた様子なのだから、休んでもらいたいのだが。

「それまでにやる事が」

不意に、膝に頭を預けていた彼が、ゆらりと顔をあげる。

まだ仕事を残してきているのかと、心配になる。

しかし


「ぇ?」

身体を起こした彼に、とんと肩を押されて、私の上体はベッドに沈んだ。

バサッ、ガチャガチャと音がして見上げると、どんなスピードで、脱いだのか、帯刀していた剣と騎士の儀礼服の上着をベッドの下に脱ぎ捨てた彼が私の上に覆いかぶさってきた。



「抱きたい」

「えぇ!?」

あまりに唐突な言葉に、私は言葉を失う。


抱くってこんなに疲れているのに?というよりこんな時間だ、隣のリビングには、リラ達侍女がいるわけで

「ダメよ!」

必死で抗議する


「もう無理、我慢できない。お前にどれだけ触れたかったことか。」

そう言って抵抗する私の両手をベッドに縫い付けると、口づけを落としてくる。

はじめから、深く激しいそれは彼に余裕がない事を物語っていて


強引に、でも甘えるように口内を蹂躙するそれに私自身もぼうっとしてくる。

「ふぁっ・・・・・まっ、てぇ・・・・あン」

そうこう、しているうちに彼の冷たい手が、夜着の合わせからモゾモゾと入ってきて、私の胸の膨らみを持ち上げて形を堪能するように揉みしだく。その手に時折先端をいたずらに刺激され、私はわずかに腰を浮かせた。

その声を聞いて、彼が小さく「可愛い」
とつぶやいて、首筋へと唇を這わす。

チリっとした痛みに、また彼が痕を残したのを知る。

ずしりと、彼の重みが増して、あぁこれは逃す気がないのだと、諦めたところで、あれ?っと思う。


彼の動きが止まった。
頭を上げて胸元にいるはずの彼を確認すると。


すー

なんとも安らかに寝てらっしゃる

どうやら力尽きたらしい。


3秒ほど止まって、状況を受け止めると大きく、息を吐いた。

とりあえず、休養してくれた事に安堵した。


さらさらと髪をなでる。

固めている事が多かったのだが。結婚式を期に最近なぜか下ろしている事が増えた、彼の髪。


そう言えば


式の時、髪を下ろした彼を見た不機嫌な私の第一声は

「そうやって下ろしていると、昔みたいね」
だった気がする。

あの時は意地でも彼に挙式用の儀礼服が似合うとは言いたく無かったのだ。


まさか、、ね。

結婚式以降、いやその少し前からか彼は終始甘い空気を纏っていて、私は少しそれに戸惑っている。それをセルーナ妃に漏らすと

「それが普通よ!あなたが愛しくて仕方ないのだから応えてあげなさいな」

と、言われてしまう。

応える、、か

ため息を吐く。

何かにつけて愛の言葉を囁く彼に対して、私はまだ一度も彼にそうした言葉をかけられないでいた。


怖いのだ。

それを言ってしまったら私は彼から離れられなくなってしまう。

いつ、あの2人が動き出すかわからない。彼の足を引っ張るのなら、私は彼の元を離れるつもりだし、彼が私に幻滅して冷めてしまうかもしれない。

彼に囁かれる愛の言葉を嬉しいと感じる一方で、それに素直に答えられない自分に虚しさを感じる。

見下ろした彼の顔は、いつもより少し幼くて、愛おしい。

「愛してるのよ」
 小さく呟くと彼の睫毛がわずかに揺れる。

それをじっと見つめて、深く息を吐く。



そろそろ支度にかからなければ


そして気付くのだ。

今の自分は完全に彼の下に敷かれている状況で

どうやって出ればいいのだろうか。
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