燕雀安んぞ天馬の志を知らんや。~天才外科医の純愛~
そんなことをして過ごしていたけど、彼女は彼女で、
病院にも顔を出すようになっていた。
救急での呼び出し処置のあと医局に戻っていると、
部屋の前に、彼女の姿があった。
「拓海―!」
そう言って、つばめが飛びついてくるのは心臓に悪い。
彼女は気づいてないけど、そのたびにつばめの感触と甘い匂いがして、僕は正気を保つのに精いっぱいだ。
「ねーねー、もう終わった? ねぇ!」
「つばめ……急患で出ることも多いから、起きて僕がいなくても、一人で待ってなさいって言ったでしょう」
「やだ!」
彼女の膨れた頬を見て、思わず苦笑した。
こんなにかわいい生き物、この世にいたのか?
「僕がその顔に弱いの分かっててやってる?」
「分かってるからやってるの」
さらに彼女自身、僕が彼女に弱いことが分かっているから手に負えない。
困って頭を掻いて、でも、今日は彼女の誘いに乗ってはいけないと、
意を決してつばめをまっすぐ見た。
「今日はまだダメ。まだ気になる患者さんいるし、少し様子見たい。先に帰ってなさい」
つばめは不服そうに黙り込んだ。
罪悪感あるな……。
「一人で帰れる?」
なだめるように優しい声で聞いてみる。
つばめは、
「帰れない」
ときっぱり言った。
「つばめ~」
つばめのわがままは嬉しい。
なにもかも放り出して優先したくなる。
でも、時折思い出す『大人のつばめ』の存在が、
僕を医者という仕事に真摯に向かい合わせるんだ。
困っていると、
「キスしてくれたら帰る」
とつばめが言う。
「ここで?」
いや、したいけどね?
周りからからかわれるのはいいんだけど、
僕はそういうことを重ねるたびに、また、つばめのことが好きになりすぎるんだ。
それ、本当に分かってる?
しかし、つばめはダメだと踏んだようで、
「ふーんだ。ケーチ!」
「ケチって……」
怒ってくるりと踵を返した彼女を見て、
あぁ、くそう。やっぱりかわいいなぁ、と思う。
「つばめ」
「なにっ」
振り返ったつばめに、ちゅ、と軽いキスを頬に落とす。
驚いた表情でつばめがこちらを見て、僕は思わず笑った。
「じゃ、気をつけて帰ってくださいよ? 奥さん」
つばめは嬉しそうに笑って、その顔に思わず、くすり、と笑いが漏れる。
やっぱり彼女は毎日楽しそうで。
僕はその彼女の笑顔が大好きだった。