朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加
"うちの主人は、那津君と仕事が出来るって
そればっかりが嬉しくて。
那津君が社内コンペ用にラフを考えてる段階から
弊社へのヒアリングだとか、
夜な夜なの制作も手伝ったりしていて。
彼の作品が選ばれて、だけどキャッチコピーの部分のクレジットは別のライターに明け渡すように言われたと知って珍しく、相当怒っていました。
那津君は「気にしてない」って言ったみたいなんですが、主人は、その時の代理店の担当の方にも喧嘩を売って。
「お前は部外者だろ」って上司にこっぴどく叱られてました。"
思い出して告げる香月さんの澄み通った声からは、懐かしくて愛おしい、そういう気持ちが伝わった。
那津さんは、デザイナーとして本当に沢山、作品を生み出している。
だけど初めて出会った時、どこか社内の人間も含めて、関わりをもつことを躊躇っているようにも思った。
"あの一件から「虎視眈々とデザインを作って、
デザイナーとしての力をただ蓄える場所」
那津君の中で、会社はそういう位置付けになってる気がすると、主人はよく言ってました。"
『わざわざ挨拶とか、大変ですね。』
何処か壁を作っていたあの時の那津さんを思い出したら、何故だか走って抱きしめに行きたい、そういう衝動に襲われた。
"…だから、私と主人は驚きました。
急に事務所を立ち上げたこと。"
「…はい、」
"立ち上げたこと、そのものじゃ無いです。
那津君が「これからはデザインじゃなくてコピーも全て含めてトータルで制作していきたい」と話してくれたからです。"
「……え?」
『皇の会社のデザインやった時、体裁ばっかり取り繕う会社に気づいて、もう当然コピーなんか作らないし、デザインに専念して独立するまでの仮住まいって決めてたけど。
…”デザインもコピーも好きだ"って、久々に言われたらやっぱり普通に、嬉しかったわ。
フリーになったら、俺は全部を1人でやる。』
「"お人好しの那津君"は、純粋に才能を信じてくれる青砥さんだから、見られた姿なんじゃないんでしょうか。
会社を辞めた「原因」じゃなくて。
彼にとって青砥さんは「一歩踏み出す力」に
なっていたんじゃないですか?」
元上司は、いつも、私のことばっかりで。
自分のこと、全然話してくれなかった。
スマホを握りしめたまま、ひく、と喉を鳴らして何も言葉を出せない私の様子にも、香月さんはきっと気が付いている。
不恰好に瞳から流れ出すものが、ひどく温かい。
いつもずっと、どんな時も、あの男は優しかった。
逢いたいと、心の底から思ってしまう衝動を抱えながら、私はこれから生きていけるのだろうか。
「今度、弊社ではまた
大規模なプロモーション活動を行います。
気の早い主人が、
もう那津君にそれを話していたようで。
化学繊維と言われると、なかなかイメージが付きにくいかもしれませんが皆さんの生活に沢山、溢れています。
今回はCM等も積極的に使った消費者向けのプロモーションだそうなので、”日常に寄り添う”がコンセプトです。
そしたら、那津君、
もうラフを1つ上げてきたそうなんです。
でも凄く良いものなのに、その後すぐに
向こうから、"これはやっぱり渡せない"と。
没のものなので、問題無いかと思います。
青砥さんにもお送りします。」
香月さんの言葉を聞き終えたら、もう一度スマホが震えて、メールの受信が知らされた。
添付されたファイルを、恐る恐る開く。
何処か見覚えのある、
私が2ヶ月間生活したあの部屋によく似た
窓が開かれて、微かにカーテンが揺れたイラスト。
優しい光が差し込む、まるで写真のような
一枚絵の中央に、文字が書かれていた。