朝戸風に、きらきら 4/4 番外編追加



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愛しい人の隣で迎える朝は、当然、愛しい。


「お前が選んで良いよ」と一緒にインテリアショップに行った時に言われて、買い替えたドレープカーテンは起き抜けのぼやけた視界で見つめても、やっぱりお気に入りだ。


ゆるく心地よい熱を保つシーツの中で起きあがろうとしても身動きが取れないのは、逞しい腕と長い足に器用に身体を拘束されているからだと、少しずつクリアになる頭で把握してきた。


「……依織。」

静かな朝に溶け込む声で呼びかけながら、向き合って眠る、羨ましくなるほど透き通った白い男の頬にそっと指を這わせた。

その瞬間にぴくりと眉が動いて、瞼をゆっくり待ち上げた男の眼差しは普段より幾分まだ柔らかい。



「おはよう。」

「……また先越された。おはよ。」

「元々私、朝強いので。」

「ふうん。」

ちょっと笑いを含んで確かめる声を出した男は、私の右瞼にそっと唇を押し当てて、また抱きしめ直してくる。


あの日から数ヶ月。

私は、更新のタイミングでマンションを解約して、
依織の家に引っ越してきた。

そして、朝を告げる役割は、
以前のように殆ど私が担っている。



「え、まだ寝るの。
今日朝からアポあるんじゃなかった?」

「……仕事行きたくねー」


私を自分の胸元に引き寄せて、そうぼやく声がやけに艶っぽく掠れている。

トクトクと安心できるリズムを刻む心臓の音を聞きながら、珍しい言葉に目を瞬いた。



「…依織でもそんなこと思う時あるの?」

「ある。」

「なんか、あったの。」

昨日仕事を終えて事務所を珍しく一緒に出た時は、
特に何も異変を感じなかった。

だけど毎日忙しく働いているのはその通りなので、不安になって問いかけつつ見上げたら、視線がぶつかった瞬間にキスをされた。

この男は、いつも不意をついてくる。



「なんかあったわけじゃ無い。でも悩みはある。」

「…なに?」

「俺の彼女、未だに仕事始まったら敬語だしめちゃくちゃ距離置いてくるんだけど、どう思う。」


…やけに真剣な声色だから、何かと思えば。

不満そうな顔でそう問いかけられて、
その言葉を咀嚼したら時間差で笑みが漏れた。

確かに私は、公私混同をしたくないと、
仕事中は当然敬語だし"那津さん"と呼んでいる。


「何笑ってんだお前。」

「……依織。」

「無視か。」

「依織。」


呼びながら、広い背中に腕を回してぎゅう、と自分の力一杯、男を抱きしめる。

「……なに。」

ぶっきらぼうな声のくせに、ちゃんと応えて抱きしめ返してくれる温もりにまた、表情が緩んだ。


「…朝しか呼べないから、今のうちに
いっぱい呼んどく。」


ベッドを抜け出したら、窓を開けて、
朝いちばんの風を取り入れよう。

今日は、どんな風が吹くのかは未だ分からないし、
毎日毎日「元気に明るく」なんて、
途方もなく難しい。


 "今日のきらきらは、
 悲しい涙が織りなす乱反射かもしれない。
 
 明日のきらきらは、
 苦しい汗が弾けた一瞬かもしれない。"



でも、例えばそれがどんなに格好悪く思えても、
この人はきっと、
その全てが輝きだと、一緒に見つめてくれる。

この人がいたら、
きっとなんとか、今日を過ごしていける気がする。


「別に朝だけじゃなくて、
夜もここでいっぱい呼んでくれてもいいけど?」

「…セクハラでしょうか。」

「まじで恋人と部下の境界線、むず。」


とても不満そうに伝えられた感想にやっぱり笑ったら、「だから何笑ってんの」と指摘するくせに。

視線が優しく交差したら、
結局、とびきり優しい笑顔をくれた。




fin.



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