花を愛でる。
やはりここまで来て引き下がるわけにはいかない。だからこそ私も手段を選んでいる状況ではなくなった。
この手は出来れば使いたくなかったけれど、最終手段だ。
「遊馬さんの学生時代の話、ですか」
珈琲が注がれたカップをソーサーに戻し、一息吐いた黛さんが思慮深い表情を浮かべた。
週末の日曜日の昼過ぎ、私は以前いただいていた名刺を頼りに黛さんをカフェに呼び出していた。
普段の高級そうなスーツではなく、ラフな私服姿に身を包んだ黛さんは少し新鮮で、一瞬彼だと気付かなかった。
「中学生の頃はまだ関わりがあったんですが、高校となると少し情報が薄くなりますね」
「そ、そうですか」
「でも田崎さんから連絡を受けて俺の方でも調べてみました。そうしたらこのようなものが」
そう言って彼が鞄から取り出したファイルをテーブルの上に置く。彼に許可を得て中を確認すると、それは小さなネットの記事をスクリーンショットしたものだった。
「これ……アトリエの開発?」
「14年ほど前の記事です。表向きは向坂グループが経営する不動産会社による開発ですが、実はここに遊馬さんも関わっていたようなんですよ」
「え、でも14年前って……彼高校生ですよね?」
今年32歳だから当時の社長は18歳になる。高校を卒業していてもそうじゃなくても彼が若かったことには間違いがない。
そんな私の疑問に対して「そうではないんですよ」と黛さんが意味深な笑みを浮かべた。
「遊馬さんは高校生の頃から既に父親の元で彼の仕事を手伝っていたみたいなので、アトリエ開発も彼を中心に話が進んでいたと聞いています。結構多いんですよ。俺の兄も学生時代から親の会社の経営に口出しとかしてたので」
「そ、そういうものなんですね」
「特にあそこは長男である吉野さんが大変優秀な方なので、自然と次男である遊馬さんにもそれなりの期待が掛かっていたんだと思います」
向坂吉野。社長の4つ歳の離れたお兄さんで現向坂グループの代表。
そして社長が最も迷惑を掛けたくないと思うほど慕っていると考えられる人物。
私が調べた情報からは彼の人物像を一握りしか掴めなかった。黛さんは社長だけではなく、彼の兄との交流があったんだろうか。
彼の言葉を頭に置いて手元に記事に意識を戻す。
【向坂グループが経営する不動産会社、向坂不動産は九州の佐賀県佐賀市に重要文化財として有名な“肥前ビードロ”のアトリエ施設の開発を進めていたが、今朝事業の撤退が発表され、開発は白紙となった。】
“アトリエ”と言われると先日早乙女さんの話に社長が高校を卒業したら専用のアトリエを建設する予定だったという事実が出ていたこと思い出す。
私はてっきり会社に就職して暫くしてから事業として立ち上げるんだとばかり考えていたけれど、あれは高校を卒業して直ぐの話だったのか。
ということはこの記事の通りで行けば、社長は自身が切望していたアトリエの建設を何ならかの理由で諦めなければならなくなった、ということなのだろうか。
それが夢を諦めて、未だに未練を残している原因? いや、でもまだ理由としては弱い気もする。