花を愛でる。
待てよ、私が敬語使わなくなったところで黛さんへのメリットって微小なもののはず。
もっとなにか現実的なお礼を……しかし以前早乙女さんに用意していただいた菓子折りのような高級なものは私には用意できないし。
「あ、あの……他に何か……」
「他……それじゃあ、今度一緒に映画見に行かない?」
「映画、ですか……あ、じゃなくて映画?」
どうして映画を見るなんて話になったんだろう。私と映画を見たところで彼になんの利益が?
いや、もしかしたらその映画の内容自体に理由があるのかもしれない。
私がそう難しく思考を巡らせていると、黛さんは爽やかな微笑みを浮かべて笑う。
「単純な話、田崎さんともう一度会いたいってことなんだけど。今度は遊馬さんのことを抜きにして」
「はあ、それはまあ……」
「田崎さんって結構鈍感って言われない?」
「え?」
彼の口から出てきた「鈍感」というフレーズに一瞬思考が止まる。
いくら黛さんから私が鈍感に見えていたとしても、この状況でそう言われるパターンとして考えられるのは一つだけ。
黛さんは何かを想ってもう一度私に会いたいと思っている。
「あ、そういうこと……」
「そういうこと。そろそろ出ようか。よかったらそのファイルは田崎さんに」
「は、はい」
テーブルに置かれていた伝票を手に取って黛さんが席を立ち上がった後、社長に関する情報が詰まったファイルを丁重に自分の鞄の中に収め、彼のあとを追った。
すると既に彼が会計を終わらせているところで、しまったと頭を抱える。
「す、すみません。あのいくらでした?」
「気にしないで。それに珈琲だけだったし」
「……ありがとうございます」
本当にこの人には良くしてもらってばかりだな。二人で店を後にし駅へと戻る途中、少しだけ前を歩く黛さんの背中に思うところがあり、「黛さん」と名前を呼んで引き止めてしまった。
「ん?」
「あの、あと一つだけお聞きしたいことが……じゃなくて、聞きたいことが、あ、あるの」
「ははは、難しそうならやっぱり敬語でも」
「……すみません」
篠田くんくらい普段から砕けている雰囲気などまだタメ口を利けるのだが、黛さんのような隙のない人間に対しては何故かかしこまった口調になってしまう。
それに今後ももしかしたら一緒に仕事をする可能性もある。黛さんは要領が良さそうなので切り替えが上手いのかもしれないが、私の場合いつしくじるか分からない。
そういうことも踏まえて彼からの提案は嬉しかったが、これからも彼には敬語を使わせてもらう。
「以前から気になっていたことがあって。それを教えてほしいんです」
「……」
「以前私に『遊馬さんが秘書に田崎さんを選んだのが分かった気がする』って言っていましたよね。あれってどういうことですか?」
社長に出会ったから、どうして彼に秘書に自分が選ばれたのか、その理由が分からないでいた。
彼に聞いてもはぐらかされるばかりで、自分で答えを見つけるしかないと思っていたけれど……
黛さんは「気にさせてた?」と申し訳なさそうにこちらを振り返る。
「俺は遊馬さんじゃないし実際の理由は分からないけど、ただ俺が遊馬さんの秘書が田崎さんでよかったなって思っただけ」
「……どうして」
「秘書って、傍につく人のことを正しい道に導く仕事だと俺は思ってる。それが上司でも」
「正しい道、ですか?」
「もし遊馬さんが間違った道に進もうとしていても、田崎さんなら彼の望む道に修正してくれるんじゃないかって、あの時思った」
彼を正しい道に……もしそれを彼自身も望んでいるとしたら、私はそれを何としても汲み取りたい。
「(私の想う秘書は……)」
黛さんと一緒、なんだろうか。