花を愛でる。
一日の花を摘め。
初めて会ったとき、なんて美しい人なんだろうと思った。
綺麗で優しくて柔らかくて、まるで風に靡く花びらのように儚い。
彼が微笑むだけで辺りが華やかになり、薄茶色の瞳で見つめられると思考が絡め取られるみたいに彼しか見えなくなってしまう。
独特の雰囲気を持っている彼に惹かれてしまうのはあまりにも必然的な出来事だった。
彼が好きになる女性は特別な人なのだろう。この人の隣に並んでも遜色なく、一人でも生きていけそうな彼が甘えられるような寛大な心を持った人。
「(子供の私なんか、きっと彼の視界には入っていない……)」
それでも彼が話しかけてくれるだけで、笑いかけてくれるだけで幸せだった。私が大人になれば、彼の隣に並んでも受け入れてもらえるんじゃないかと期待してしまった。
彼の特別になりたい。王子様に見初められる、お伽噺のヒロインのように。
そんな夢ばかり見ていた。
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「会場を押さえてほしいんだけど」
朝、社長室で本日のスケジュール確認を行っていると唐突に彼がそう私に頼んできた。
「会場、ですか?」
「そう、二週間後。キャパは500人ぐらいでさ、他にも色々準備しないと駄目なことはあるんだけどそれはこっちでするからとりあえず会場だけ」
「はあ……」
社長は「よろしくね」と意味深な笑みを浮かべる。どうしてだろう、それだけでなんだか嫌な予感しかしない。
彼の兄である吉野さんと対峙して一ヵ月が経った。私が彼の秘書になって一年が経とうとしている。
この一か月間、彼との約束を守り私は一人勝手な行動に出ることをしなかった。
彼を信頼して待っていると誓ったからだ。私は私で、任されたことだけを完璧にこなす。そして彼が私を頼ってきたときに直ぐに対応できるように、余裕を持って業務を進めた。
つまり今がその時、だということなのだろうけど。
「つかぬことをお聞きしますが、規模の大きい会場を押さえる目的は何ですか?」
それを尋ねる権利ぐらいは私の持っているのでは?
しかし社長は私の質問に対し、くくっと喉を鳴らした。
「そんなの最終決戦に相応しいからに決まっているでしょ」
「……」
あぁ、これ真面目に答えてくれないやつだ。
私は半分諦めた様子で「分かりました」と彼からの依頼を了承した。