花を愛でる。




「ふうん、化けたね」


声に振り替えれば先ほどとは洋装を変えた社長が立っていた。上品なネイビーのスーツを着こなした彼は店のスタッフに手を加えられた私を見て「ほう」と吐息を漏らした。


「あの、これはなんですか?」

「花を思い存分着飾れる機会なんてそうそうないと思って」


というかこれも仕事の一環のはずなのに私の呼び方が変わっているのはいただけない。
私に近付いた彼はその顔を見て「あれ?」と、


「眼鏡掛けてるの? コンタクトは?」

「いえ、コンタクトは合わないので。それから髪を結ばせてもらってもいいですか?」

「えー、折角こんなに綺麗なのにいつもの感じに戻っちゃうの?」


勿体ないなあと私の髪に触れた彼の手を払う。


「仕事ですから。その二つがないと落ち着かなくて」

「あぁ、名簿のこと? 別に気にしなくてもいいよ」

「はい?」


気にしなくていい? その為に私を呼んだのではなかったのか。
しかし考えてみれば彼の秘書という立場で参加するのであればここまで着飾る必要はないはずだ。徐々に露わになる彼の目的に血の気が引いた。


「待ってください。話が違うじゃないですか」

「まあ勿論それもあるけど、こういう場所ってパートナーを連れて行かないと周りから浮くし、しつこく絡んでくる子もいるから」

「……」


どちらかと言えば後者の理由の方が大きいんだろうということだけは分かった。つまり私はガード役で呼ばれたということか。
納得のいってない私に対し、社長は時間を確認する様に腕時計に目を向けた。


「花がそんなに仕事がしたいならすればいいよ。実際に挨拶が大変なのは本当だから」


じゃあ行こうか、と手を差し伸べてきた彼に目を見張る。


「エスコート、分かる? 一応今日だけとは言え、君は俺のパートナーなんだから」

「……ですが」

「大丈夫、この手に感情は一ミリも乗せてないから」


今までの人生で間違いなく、一番憎たらしい男だ。
しかしこの人が私の仕事上のパートナーであることは確か。

いついかなる状況でも彼の秘書としての仕事は完璧にこなしてみせる。
ゆっくりと手を重ねると彼の温かさに優しく包み込まれた。


「あ、やっぱりちょっとは下心乗ってるかもしれない」

「……」


私は私の仕事をする、それだけだ。



< 40 / 180 >

この作品のキーワード

この作品をシェア

pagetop