花を愛でる。
お手洗いの鏡でメークが崩れていないか確認するがプロの技術のお陰かホテルに来た時と変わらず綺麗なままで残っている。
見れば見るほど鏡に映る姿が自分のものだとは思えなくて不思議な感覚だ。私も本気になればここまで化けることが出来るということだろうか。
「(いつから自分を着飾る努力を辞めてしまったんだろう)」
高校に入学した時から母子家庭だったこともあって経済的にコスメや洋服にお金を使うことが勿体なく感じていた。そんなことよりいい大学に進学することを目標に勉学に励んでいた記憶しかない。
大学に入ってから初めてメークを軽く覚えるようになったがそれでも最低限に見た目を整えるだけだった。三回生の時に同じゼミの男の子に告白され付き合って以来、少し位は気にするようになったが。
そう、元彼……半年前の嫌な記憶が蘇りそうになったのを何とか封じ込めた。
あの出来事は忘れると決めたんだ。
会場に戻る途中、眼鏡のレンズが汚れていることに気付き、立ち止まると鞄の中にしまってあった眼鏡ケースから眼鏡拭きを取り出した。
これからまたあの会場に戻るのかと思うと再度気を引き締めないといけない。
精神を落ち着かせるために深く息を吐き出しながらレンズを拭いていると、不意に背中を押され手元が狂い、眼鏡を落としてしまった。
「あ、」
「え、うわ。すみません!」
カシャンと音を立てて床に落ちた眼鏡を拾おうとしゃがみ込む。すると私が拾うよりも先に誰かが眼鏡を手に取った。
ぼやけた視界の中、男性と思わしき人が私に向かって眼鏡を差し出した。
「すみません、急いでて。大丈夫ですか?
「いえ……」
ありがとうございます、と眼鏡を受け取り耳に掛けると視界がクリアになり、目の前に立っている男性の顔が鮮明に映る。
同じ歳くらいの整った容姿の茶髪が似合う男性が心配そうな表情で立っていた。
「レンズ割れていませんか? 壊れていたら弁償するので」
「だ、大丈夫です。無事でした」
「そうですか」
彼が安堵したように「よかったです」と微笑んだ。笑うと幼いイメージが追加され、少しだけ印象が変わった。
しかし直ぐに弁償という言葉が出てきた辺り、社長と同じようにいい家の出なのかもしれない。