花を愛でる。
少し離れたところで話している彼を眺めているとまだ社長の手が腰にあることを思い出し、慌てて身を離す。
「おっと、危ないよ」
「危ないはこっちの台詞です。突然現れて何なんですか」
「それこそこっちの台詞じゃないか?」
え?とその言葉を疑問に思うと彼は私に顔を近付けてきた。
「俺以外のやつとは話すなって言っておいたはずだけど?」
「っ……ですが」
「俺の簡単な言うことすら聞けないの?」
彼の一言一句に失望が染みているような気がして、自分を否定されたような感覚に陥る。
身体全体で彼に拒絶されることを恐れている。反論しようとしていた口を閉じ、気持ちを飲み込むと「すみません」と消えるような声で呟いた。
暫くして帰ってきた黛さんは私たちの間に流れる不穏な空気に一瞬怯んだような様子を見せた。
「すみません、呼び出しが。俺はこれで失礼します」
「スマホ越しに大きい声が聞こえてたよ。相変わらず暴君だねえ。よくあんな男の傍に何十年もいられるよ。俺なら直ぐに辞退でする」
「……それでは」
結局最後まで険悪な空気が晴れることなく、黛さんは元の会場へと戻っていってしまった。
社長と二人取り残され、場に居づらい私も黙って会場へ脚を進めたが腕を掴まれて元の場所へと引き戻された。
「ちょっと!」
「今日の仕事は終わり。さっき受付で確認してきたけどパーティーに来てない人もいるみたいだから」
「そう、ですか……」
「俺はこれから付き合いでここを離れるけど」
花が良ければこれを。そう言って彼が差し出してきたのは一枚のカードキーだった。
それを受け取ると表裏を眺めた後、「これは?」と顔を上げて彼に尋ねる。
「このホテルのスイートルームのルームキー。休憩する様に取ってたんだよね」
「は、スイートルーム?」
「でも結局用無しになっちゃったから、代わりに花が泊っていってよ」
ホテルのスイートルームに泊まるなんて無理に決まっている。
お返しします!とキーを彼に返そうとするが社長は慌てる私の姿を見て微笑むだけ。
「あーあ、折角予約したスイートなのに。使わないなんて勿体ないな」
「っ……」
「お腹も空いてると思ってルームサービスも取ってあげたのにあれも無駄になってしまうかな」
どこまでも貧乏性に漬け込んでくる彼。「勿体ない」「無駄」と聞いてしまうと流石の私も断ることの方が悪いことのように感じてきた。
「それにドレス脱いでる間に終電いくんじゃないかな。タクシー代払おうか?」
彼の口からタクシー代という言葉が出た瞬間、私が折れないと話が先に進まないことを察する。
それにこんな好条件でホテルのスイートルームに泊まるなんて経験もなかなかないだろう。分かりました、と彼からの提案を承諾する。
「ではお言葉に甘えます。ありがとうございます」
「どういたしまして」
彼は「お疲れ様」と手を伸ばし、軽く私の頭を撫でた。その優しい手つきに嫌でも感情が揺らいでしまう。
彼と別れると渡されたカードキーを眺め、深い溜息を吐く。どことなくその息も熱いように感じた。