花を愛でる。
「俸給を今の倍、いや三倍やろう。調べさせてもらったが今は母親と二人暮らしらしいな」
「っ……」
「未だにパートで働く母親を楽させたいだろう。どうだ? 悪い話じゃあない」
この人は今までも人を自分の思い通りに動かしてきた。彼の地位だけじゃない、相手が今何を欲して、何に困っているのかを把握し、そこに漬け込んでくる。
まるでチェスで遊ぶかのように、人を単なる駒としか考えていない。
「……お断りします。お金以前に、貴方の秘書になりたくはない」
「ふむ、そうか。俺もお前のような女を仕事のパートナーに迎えるのは難しいと思っていたところだ。が、俺に傅く気持ちがあるのならいつでも迎え入れよう」
「……」
きっとこの人は私自身には興味がない。“向坂遊馬の秘書”である私に興味があるだけ。それ以上でもそれ以下でもない。
失礼します、と踵を返し社長室を出ていこうとすると「待て」と低い声で引き止められる。
「弟に下まで送らせよう。それから遊馬にも伝えろ、『俺と同等でいたいなら顔を見せに来い』とな」
くくく、と面白がるような笑い声を背に私は社長室を後にした。
エレベーターで一階に向かっている間、一緒に来てくれた黛さんが深く頭を下げた。
「本日は兄が失礼をおかけして申し訳ございません」
「い、いえ、黛さんのせいでは」
「いえ、最初に兄に田崎さんのことを漏らしてしまったのは俺です。俺に責任があります」
「……」
あの兄に対して弟の黛さんは落ち着いていていい人なのに、彼のせいで苦労をしているようにしか見えないけどどうして秘書でいるんだろうか。
立場的にはうちの社長と同じなのに会社の社長ではなく、兄の補佐でいることを選んでいる。私ならその道は選ばない、不思議だ。
エレベーターが一階に到着し、降りると彼が徐に語り始めた。