シークレットベイビー 弥勒と菜摘
✴︎
菜摘が泣いているのは、一子の具合が悪いからだ、とみんな思ったみたいだった。
✴︎
弥勒が菜摘の顔色をみている。
いつも⋯⋯ 最初から必ず一子がいたから、2人きりはじめてだった。
そもそも一子がいるから出会って、一子がいるから一緒にいる2人。
弥勒と菜摘⋯⋯ 。
それでも夫婦なんだから、笑えて、心が痛くなる。
当たり前に先生に2人で挨拶して、弥勒に気遣われて、初めて彼の車の助手席に乗ったけど⋯⋯ 。
車の中は、いつもの弥勒の匂いだけじゃなかった。あの女性の香りがフッとして、菜摘は(あぁ⋯⋯ )と思った。
菜摘が乗り込む前に、体をかたくして、動きが止まったので、弥勒は、
「空港に停めていたんだ」
と説明してくれた。
的外れ⋯⋯ 。
すごく気遣いがある人なのに、変なところの気遣い。車なんてどうでもいい、彼が女性と一緒でさえなければ、それで良かったんだ。
別れ際に、ごねる彼女に、
「はい、じゃぁまた、サンフランシスコでね」
って言ってた。
サンフランシスコで会うんだ、と思った。
助手席で、菜摘が黙っているのも、少し泣いているのも、一子のためなんかじゃなかった。
近所だから、すぐ家に着いた。
それこそ、一子がいて外出は3回目ぐらいだから、まだマンションの事もよくわかっていない。駐車場から部屋専用の通路を初めて通って家に入った。
「飛行機に乗っていたから、すぐバスに入ろうかな」
と弥勒は言って部屋に消える。
菜摘は、ぼんやりと、初めて見るみたいにがらんとした部屋を見た。
でも、弥勒が1人で住んでいて、菜摘が最初に部屋に来た時より、なんだかんだ物が増えていた。
菜摘のスリッパが脱いだままになっていた。病院に行く時にあわててカバンを入れ替えたので、小さいカバンが転がっている。
ショールームみたいだったリビングには、ブランケットやおもちゃや、菜摘のカーディガン、リモコン、台所にはミルクの準備、菜摘のカップ⋯⋯ 。
このマンションにとめてと女性は言った。
来たことがあったんだろうか。
「そっちのバスにお湯ためといたから、ゆっくり入っておいで」
と、弥勒が声をかけてきた。気を遣ってくれる。
「なんか疲れたね? 」
と優しく聞いてくれる。
ぼんやりしている菜摘の肩をそっと抱きよせて、菜摘の部屋の方のバスルームに連れていって、はい、と中に入れられる。
「2人だと何か変な感じするね」
と弥勒がふっと優しく笑った。
それから、弥勒の方に体を向けられて、彼が大きな手で菜摘の顔を包んだ。親指で、菜摘の目の涙を拭いながら、
「一子が心配なの? 」
と聞いた。
しばらく、菜摘の目をじっと覗き込んで、口だけ歪めるみたいに笑って、菜摘をゆっくり離して、
「じゃ、後でね」
と弥勒は自分の部屋のバスルームに向かっていった。
彼に会ってから、最初からずっと一子をはさんでいた。
話があるって。
聞きたくない。
この先どうしようかなんて考えてもいなかった。
でも、子供のことじゃない。
2人の話だって事はわかる。
聞きたくない。
私達は一子を挟んで、別れられない。
でも、それとはべつに、弥勒は幸せに暮らすべきだ。
不本意な人、急についてきたおまけみたいな菜摘とじゃなくて。
彼女がいるなら。
愛する人がいるなら。
その人と今もいたいなら、そうすべきなんだろう。
海外に日帰りみたいに行ってまで会う。
思いつきもしなかったな。
想像もしなかったよ。
私はどうしたらいいんだろう⋯⋯ 。
「一子が心配なの? 」って。
的外れなことを言われて、いま、菜摘は一子の心配なんてしてない。
目の前に一子が初めていなくて、安全なところに一泊してるだけな状態で、何の心配もしてなかった。
一子とは血縁だし、今は自分の子供だし、この関係は離れたって変わらない。
菜摘は、自分と弥勒の事しか考えてなかった。
一緒にいないといけない。
だけど、もし、彼に別の恋人がいることを受け入れなければいけないなら⋯⋯ 。
彼のためにも、受け入れなきゃいけないのかな。
菜摘が泣いているのは、一子の具合が悪いからだ、とみんな思ったみたいだった。
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弥勒が菜摘の顔色をみている。
いつも⋯⋯ 最初から必ず一子がいたから、2人きりはじめてだった。
そもそも一子がいるから出会って、一子がいるから一緒にいる2人。
弥勒と菜摘⋯⋯ 。
それでも夫婦なんだから、笑えて、心が痛くなる。
当たり前に先生に2人で挨拶して、弥勒に気遣われて、初めて彼の車の助手席に乗ったけど⋯⋯ 。
車の中は、いつもの弥勒の匂いだけじゃなかった。あの女性の香りがフッとして、菜摘は(あぁ⋯⋯ )と思った。
菜摘が乗り込む前に、体をかたくして、動きが止まったので、弥勒は、
「空港に停めていたんだ」
と説明してくれた。
的外れ⋯⋯ 。
すごく気遣いがある人なのに、変なところの気遣い。車なんてどうでもいい、彼が女性と一緒でさえなければ、それで良かったんだ。
別れ際に、ごねる彼女に、
「はい、じゃぁまた、サンフランシスコでね」
って言ってた。
サンフランシスコで会うんだ、と思った。
助手席で、菜摘が黙っているのも、少し泣いているのも、一子のためなんかじゃなかった。
近所だから、すぐ家に着いた。
それこそ、一子がいて外出は3回目ぐらいだから、まだマンションの事もよくわかっていない。駐車場から部屋専用の通路を初めて通って家に入った。
「飛行機に乗っていたから、すぐバスに入ろうかな」
と弥勒は言って部屋に消える。
菜摘は、ぼんやりと、初めて見るみたいにがらんとした部屋を見た。
でも、弥勒が1人で住んでいて、菜摘が最初に部屋に来た時より、なんだかんだ物が増えていた。
菜摘のスリッパが脱いだままになっていた。病院に行く時にあわててカバンを入れ替えたので、小さいカバンが転がっている。
ショールームみたいだったリビングには、ブランケットやおもちゃや、菜摘のカーディガン、リモコン、台所にはミルクの準備、菜摘のカップ⋯⋯ 。
このマンションにとめてと女性は言った。
来たことがあったんだろうか。
「そっちのバスにお湯ためといたから、ゆっくり入っておいで」
と、弥勒が声をかけてきた。気を遣ってくれる。
「なんか疲れたね? 」
と優しく聞いてくれる。
ぼんやりしている菜摘の肩をそっと抱きよせて、菜摘の部屋の方のバスルームに連れていって、はい、と中に入れられる。
「2人だと何か変な感じするね」
と弥勒がふっと優しく笑った。
それから、弥勒の方に体を向けられて、彼が大きな手で菜摘の顔を包んだ。親指で、菜摘の目の涙を拭いながら、
「一子が心配なの? 」
と聞いた。
しばらく、菜摘の目をじっと覗き込んで、口だけ歪めるみたいに笑って、菜摘をゆっくり離して、
「じゃ、後でね」
と弥勒は自分の部屋のバスルームに向かっていった。
彼に会ってから、最初からずっと一子をはさんでいた。
話があるって。
聞きたくない。
この先どうしようかなんて考えてもいなかった。
でも、子供のことじゃない。
2人の話だって事はわかる。
聞きたくない。
私達は一子を挟んで、別れられない。
でも、それとはべつに、弥勒は幸せに暮らすべきだ。
不本意な人、急についてきたおまけみたいな菜摘とじゃなくて。
彼女がいるなら。
愛する人がいるなら。
その人と今もいたいなら、そうすべきなんだろう。
海外に日帰りみたいに行ってまで会う。
思いつきもしなかったな。
想像もしなかったよ。
私はどうしたらいいんだろう⋯⋯ 。
「一子が心配なの? 」って。
的外れなことを言われて、いま、菜摘は一子の心配なんてしてない。
目の前に一子が初めていなくて、安全なところに一泊してるだけな状態で、何の心配もしてなかった。
一子とは血縁だし、今は自分の子供だし、この関係は離れたって変わらない。
菜摘は、自分と弥勒の事しか考えてなかった。
一緒にいないといけない。
だけど、もし、彼に別の恋人がいることを受け入れなければいけないなら⋯⋯ 。
彼のためにも、受け入れなきゃいけないのかな。