シークレットベイビー 弥勒と菜摘
✴︎
「オレは石動弥勒だ。弥勒菩薩の弥勒」
「はい、私は加納菜摘です。菜っぱを摘むで菜摘。
この子は一子。一二三の一子です」
わりと呑気に名乗り合ってるけど、大丈夫なのかな。
家の中に入れてしまったし。
変な人じゃないよね⋯⋯ 。
菜摘は両手で赤ちゃんを抱っこしている。
両手が全く使えない。
しかも、何があっても一瞬でも離したり落としたり出来ない。
何より大事な無力な生き物を持っている。
私と一子は、2人で全くの無防備だ。
狭い部屋に、この人をいれたから、なんか、もっと狭く感じる。
しかも⋯⋯ 。
菜摘はいま、すっぴんだった。
肩までの柔らかい少しクセのある髪も輪ゴムでしばっている。
一子をゲップさせるときに、顔に髪が当たらないように、とっさに髪をまとめたのだが、輪ゴムしか見当たらなかったのだ。
部屋着はほぼ今の身長、156センチになった中学生の頃から着ているヨレヨレだ。
ボロアパートの、狭い部屋、一応掃除はしてるし出来る限りのキチンとさは保ってるけど、ボロい部屋だ。
つまり、こんな、洗ったみたいに、しかも超お洒落ないい匂いのイケメンと向かい合って話をするのは、ホントにホントに辛い気持ちしかない。
しかも、もう、絶対手放すことのできない、確かな愛情と責任を感じてしまっているこの子を、荷物のように、「はい、貸して〜」なんて軽く言うこの人と話し合うなんて⋯⋯ 。
✴︎
弥勒。
「オレは結婚しない。だから子供もいない。
妹の残したオレの血を引く子供を実の子供として育てる」
いや、イモウトさん、元気に生きてますが⋯⋯ と思った。
菜摘。
「私、両親がいません。年の離れた兄が私を育ててくれた、そんな兄の子を、私の血が流れるこの子を手放せるわけがないです」
弥勒
「いや、だって、オレの妹のマリアの子だろ。
彼女はやっと、トニーと真実の愛をを見つけたんだ。
子供はオレが育てる」
菜摘
「兄は結婚していて、子供もいるんです。だから、私の子として育てます」
なんか瞬間、これ解決しないな、と思った。
沈黙になる。
ふと気がつくと、弥勒は赤ちゃんをじっと見ていて、それからふっと口元を綻ばせた。
「かわいいね」
と甘い声で言った。
この人、ちゃんと愛情のある人なんだ、と瞬間ドキッとしてしまう。
妹の産んだ子を、自分の子供としようとする、そこに愛情がちゃんとある人なんだと分かってしまう。
なんて優しい笑顔。
キリッとしたイケメンだから、見た瞬間は冷たい人みたいに見えた。
こんなに隙のないお洒落で綺麗な人なのに、狭い部屋や生活感から程遠そうな人なのに、愛情のある柔らかい笑顔。
困ったな。
変な人なら、絶対にこの子を守ろうと思ったけど、弥勒さん、いい人だと思う⋯⋯ 。
何となく弥勒の手元をみた。
大きな力強い男の人の手。
赤ちゃんを、家族を必ずや守るだろう手⋯⋯ 。
考えていたら、
「でも、出生届を出さなきゃいけない。期限がギリギリみたいだから、明日にでもね。書類も整えてきた」
と弥勒が言ったので、目の前に問題が突きつけられる。
そうなんだ、私も出生届とか養子縁組とかすごく気になっていて、どうなってるのかなって。
兄に何度も電話して、そのたびに、居留守を使われたり、誤魔化されてたりしたんだ。
それに、お金⋯⋯ とか。
どうしようって思ってたんだ。
✴︎
菜摘の腕の中で、赤ちゃんがごにょごにょと動いた。
小さな柔らかい手をギューーーと握りしめていて、思わず指で開いたら、また、思ったより力強くぎゅーーーと指を握りしめてくる。
あたたかく、湿っていて、力強い命。
もう私は、なんか、この子を渡してしまうのは心配で心配で、この子と引き離されたら夜も眠れなくなりそうだ。
お金やら戸籍やら現実やら、問題はいっぱいあってちゃんと分かってる。
でも、この子、温かい。
いま、菜摘の腕の中で安心している無防備な弱い赤ちゃんだ。
弱いのに不思議と心強く頼りになる。
確かな重みとあたたかさ、命の重さ。
この子生きてるんだもん、私の血が流れた、兄の残した子なんだもん、
あ、兄も生きてました⋯⋯ 。
菜摘
「ごめんなさい! 無理です! ぜったい、私も、この子がかわいい、渡せない! 」
と涙が出てきた。
弥勒はしばらく、うつむいて赤ちゃんをじっと見ている菜摘を見てつめていた。
それから、決めたようにきっぱりと言った。
✴︎
弥勒
「それもそうだね。
分かった。2人で育てよう」
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「オレは石動弥勒だ。弥勒菩薩の弥勒」
「はい、私は加納菜摘です。菜っぱを摘むで菜摘。
この子は一子。一二三の一子です」
わりと呑気に名乗り合ってるけど、大丈夫なのかな。
家の中に入れてしまったし。
変な人じゃないよね⋯⋯ 。
菜摘は両手で赤ちゃんを抱っこしている。
両手が全く使えない。
しかも、何があっても一瞬でも離したり落としたり出来ない。
何より大事な無力な生き物を持っている。
私と一子は、2人で全くの無防備だ。
狭い部屋に、この人をいれたから、なんか、もっと狭く感じる。
しかも⋯⋯ 。
菜摘はいま、すっぴんだった。
肩までの柔らかい少しクセのある髪も輪ゴムでしばっている。
一子をゲップさせるときに、顔に髪が当たらないように、とっさに髪をまとめたのだが、輪ゴムしか見当たらなかったのだ。
部屋着はほぼ今の身長、156センチになった中学生の頃から着ているヨレヨレだ。
ボロアパートの、狭い部屋、一応掃除はしてるし出来る限りのキチンとさは保ってるけど、ボロい部屋だ。
つまり、こんな、洗ったみたいに、しかも超お洒落ないい匂いのイケメンと向かい合って話をするのは、ホントにホントに辛い気持ちしかない。
しかも、もう、絶対手放すことのできない、確かな愛情と責任を感じてしまっているこの子を、荷物のように、「はい、貸して〜」なんて軽く言うこの人と話し合うなんて⋯⋯ 。
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弥勒。
「オレは結婚しない。だから子供もいない。
妹の残したオレの血を引く子供を実の子供として育てる」
いや、イモウトさん、元気に生きてますが⋯⋯ と思った。
菜摘。
「私、両親がいません。年の離れた兄が私を育ててくれた、そんな兄の子を、私の血が流れるこの子を手放せるわけがないです」
弥勒
「いや、だって、オレの妹のマリアの子だろ。
彼女はやっと、トニーと真実の愛をを見つけたんだ。
子供はオレが育てる」
菜摘
「兄は結婚していて、子供もいるんです。だから、私の子として育てます」
なんか瞬間、これ解決しないな、と思った。
沈黙になる。
ふと気がつくと、弥勒は赤ちゃんをじっと見ていて、それからふっと口元を綻ばせた。
「かわいいね」
と甘い声で言った。
この人、ちゃんと愛情のある人なんだ、と瞬間ドキッとしてしまう。
妹の産んだ子を、自分の子供としようとする、そこに愛情がちゃんとある人なんだと分かってしまう。
なんて優しい笑顔。
キリッとしたイケメンだから、見た瞬間は冷たい人みたいに見えた。
こんなに隙のないお洒落で綺麗な人なのに、狭い部屋や生活感から程遠そうな人なのに、愛情のある柔らかい笑顔。
困ったな。
変な人なら、絶対にこの子を守ろうと思ったけど、弥勒さん、いい人だと思う⋯⋯ 。
何となく弥勒の手元をみた。
大きな力強い男の人の手。
赤ちゃんを、家族を必ずや守るだろう手⋯⋯ 。
考えていたら、
「でも、出生届を出さなきゃいけない。期限がギリギリみたいだから、明日にでもね。書類も整えてきた」
と弥勒が言ったので、目の前に問題が突きつけられる。
そうなんだ、私も出生届とか養子縁組とかすごく気になっていて、どうなってるのかなって。
兄に何度も電話して、そのたびに、居留守を使われたり、誤魔化されてたりしたんだ。
それに、お金⋯⋯ とか。
どうしようって思ってたんだ。
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菜摘の腕の中で、赤ちゃんがごにょごにょと動いた。
小さな柔らかい手をギューーーと握りしめていて、思わず指で開いたら、また、思ったより力強くぎゅーーーと指を握りしめてくる。
あたたかく、湿っていて、力強い命。
もう私は、なんか、この子を渡してしまうのは心配で心配で、この子と引き離されたら夜も眠れなくなりそうだ。
お金やら戸籍やら現実やら、問題はいっぱいあってちゃんと分かってる。
でも、この子、温かい。
いま、菜摘の腕の中で安心している無防備な弱い赤ちゃんだ。
弱いのに不思議と心強く頼りになる。
確かな重みとあたたかさ、命の重さ。
この子生きてるんだもん、私の血が流れた、兄の残した子なんだもん、
あ、兄も生きてました⋯⋯ 。
菜摘
「ごめんなさい! 無理です! ぜったい、私も、この子がかわいい、渡せない! 」
と涙が出てきた。
弥勒はしばらく、うつむいて赤ちゃんをじっと見ている菜摘を見てつめていた。
それから、決めたようにきっぱりと言った。
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弥勒
「それもそうだね。
分かった。2人で育てよう」
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